出庫の際、車両点検から朝の点呼を受け、アルコ-ルチェッカ-を通り、初めて日報が渡される。
ひとりひとり、しっかり免許証の確認をも行うため、1分、2分で済むと言った作業ではない。
最後に安全フレ-ズの斉唱があり、日報が渡る。
殆どの乗務員が、真摯に点呼に参加するが、新しい管理者ともなると、「ちょっと試してやれ」といった先輩乗務員たちが、出てきてもおかしくはない。
しかし、並谷は、とっつきにくいだけではなく、気難しさもあり、若い管理者が苦手とするドライバ-であった。
「並谷さん、直ぐ出すからもう少し待ってください」
田中が声を掛けると「はい」と素直な返事が返って来た。
「はは~ん、人を見るんだ」
とっさに、卓はそう感じたが、顔には出さず、日報を作成し、確認をした上で、手渡した。
卓の手から日報を、ひったくるように持って出て行く並谷。
卓は「参ったな」と言わんばかりの表情で、田中を見た。
「大丈夫!最初は不機嫌を装っているが、思うほど、人は悪くないから・・・」
田中の言葉に卓は微笑んで見せた。
その日の夜・・・
無線室から苦情処理の件が入った。
田中が遠方に出ているため、卓がその対応をすることとなった。
果たして・・・クレ-ム発生者は、並谷であった。
指示のあった、マンションの前に行くと並谷の車両が停まっていた。
卓が、乗客に自己紹介をし、内容を聞くと・・・
「お釣りが無いと言われてね・・・崩して来いと言われたんですよ」
「ええ!?・・・並谷さん、ホントですか」
「・・・」
並谷はバツが悪そうな表情で、運転席に座ったままである。
乗客は「とんでもないでしょ!」と、怒りを、あらわにしたまま、並谷を睨んでいた。
年の頃なら50前後、家庭の主婦ではなさそうである。
「あたしも商売してるから分かるんだけどさあ!客にそんなこと言う!?普通じゃあ、考えられないでしょ!」
「ごもっともです」
「人をなめてるとしか思えないわ・・・」
「申し訳ございません・・・私共の管理不行き届きとしか申しようがございません・・・本人には社に戻りまして、良く言い聞かせます」
「どう、言い聞かせんのさ!こんな夜遅くに、ここまで逆撫でしておいて・・・謝りもしない・・・なんなの!」
「並谷さん」
卓が声を掛けるや「どうも、すみません」と、かろうじて、詫びを入れた。
「心がこもってないわよ」
女性は語気を強めた。
「お釣りを崩して来てくださいなんて、とんでもないことを申しました!ホントにすみませんでした!」
先より、滑舌は良くなったが声からは、相変わらず、真摯な気持ちが伝わらない。
「ねえ!あんた!バカにしてんでしょ!」
女性は更に強い口調で責めるようにまくしたてた。
「お客様!申し訳ございません」
卓が詫びると「イイの!アンタは引っ込んでて!このおじさん!どうしても真面目に謝罪しないのよね」
「・・・」
「そんなら、今、うちの亭主呼ぶからさ・・・待ってなよ!」
女性は携帯を取りだすと、どこかに電話し始めた。