これを逆上と言うのだろう。
女性の怒りは収まりそうになかった。
「あっ!パパ!?アタシ!今さあ~!・・・・」
女性はひとしきり、まくしたてると電話を切った。
「今、ウチの人が来るから待ってて!」
数分経って、女性の亭主らしき男がマンションから出て来た。
一目で、その道の御仁と分かる。
「社員教育がなってないんだなあ~」
男が言い放った。
「申し訳ございません」
卓が丁寧に頭を下げた。
「どうしたもんかのう~!」
男は並谷と卓にかわるがわる、眼をやりながら「ふ~ん」と息を付く。
卓は彼らに見られないように、並谷を指で突いて、合図を送った。
並谷は車から出て来ると「申し訳ございません」と頭を下げ、そのまま口を閉ざしている。
「ナニが申し訳ない!?」
男が聞いた。
「つり銭は、極力、私が準備するもので・・・」
「極力!?えっ!?極力!?ってか~!・・・違うだろ!」
男の言葉に始めて並谷の表情が曇った。
「はい!私が準備すべきところ、奥様にご無理申しました」
「なんで、ご無理を申し上げたのか理由を言ってみな!」
「理由はございません・・・」
「ほう!理由もないのに、客を困らせるのかあ~あん!?」
「いえ・・・」
卓は深々と頭を下げ詫び続けた。
「で、どうすんだ!」
男の言葉に並谷が、答えた。
「今日の乗車料金は、いただきません!」
「ホントはヨォ~!そんな問題じゃあないんだよ!分かるか!え~!」
男の荒っぽい声に卓は、もう一度頭を下げた。
「申し訳ありません・・・誠に申し訳ありませんでした」
「おい!いいな!行くぞ!」
男の声に女性客は並谷を一瞥し、マンションの中へと消えた。
「並谷さん・・・貴方のようなベテランが・・・これは・・・」
「ベテランでも、気がふさいだり、虫の居所が悪かったりするもんさ・・・」
「でも、つり銭崩して来い・・・はマズカッタ・・・」
「まあな!悪かったな!就任そうそう・・・」
「はは・・・刺激的な初日となりましたよ」
卓の言葉に、並谷はやっと、顔をくしゃくしゃにして、笑った。
「お~結構、笑えばマシじゃん!」
卓は心の中でそう思いながら、つられてクスッと笑った。