どこの職場にも色んな人がいる。
挨拶を交わすことを避けているような人・・・
そういった人に限ってうつむき加減に、力なく歩いているものだ。
「何か、過去、人から追われるような事でもしたの」と問いかけたくなるような人である。
或いは、腹を突出し「ここの主は俺!」と言わんばかりの人・・・
無線の本数が少ない!だの、ああだこうだ!と他力本願、責任回避の口調で喋らなければ気が済まない人・・・
常に何を云われても「ふふん~」と鼻で笑いながら、無関心を決め込む人・・・
かと思うと、管理者顔負けの法令で武装した理論派や、明るく礼儀正しい人・・・
会社が好きでたまらない・・・明け公の日でも、会社に来ては、話し込んでいく人・・・
会社の構内にゴミが落ちていると、常に率先して拾い、設備を大切に使おうと努める人・・・
卓は以前いた、職場でも多くの人と接して来たが、タクシ-会社ほど、飽きない人員構成の職場はないと思うのである。
このドライバ-もかなり個性的である。
心を閉ざしてしまったとしか言いようのないところがあった。
歳の行った管理者に言わせると「皆、最初はまっすぐで、真面目にやろうとするんです・・・それが、酔っぱらった乗客や、意地の悪い乗客に結局、いたぶられ、いじめられて、心を閉ざして行くんでしょう」
卓は思う。
働くという事は困難なことでもあり、難しいことでもある。
しかし、自分は投げ出したくないと考えて来た。
ひとつ、ひとつ自分なりの経験値を高めて行く。
それが、自信となり、明日への活力ともなる。
職場とは対人関係が、その大半を占めるのだ。
勿論、我慢できない事もある。
以前いた会社では、提出する書類は必ず、投げ返された。
上司の呼びかけで、集まる飲み会には必ず外され、挨拶をしても返って来た試しがなかった。
若かっただけに、おどおどした卓は、余計、ウザイ奴と思われたのであろう。
結局、上司のちょっとした不正を、見過ごすことが出来なくなって辞めたのである。
卓は、今の職場で人間を学んだ。
「人間なんてこんなもんさ・・・」と言う先輩もいたが、卓は違った。
「二度と、同じ事は繰り返さない」その思いで、この数年を過ごしたのである。
結局、人は、回りは変わらない・・・自分が変わらなければ、周囲は変わってはくれないのだ。
卓が、この事をはっきりと分かったのも最近である。
沢山の乗客や仲間や上司に揉まれ、やっとここまで成長した。
今、昔居た職場で仕事をしろと言われれば、自信をもってやって行けるとさえ思うようになったのである。
何をしても自分である・・・自分で仕出かしたことは、自分に戻って来るのが世の常、人の常である。
その日も、卓は「おはようございます」と自分から、皆に声を掛けた。
点呼と日報出しの代務をしていた時である。
「オイ!若けえの!早く出せよ!」
その乗務員は並谷といった。
中途で採用され、50前からハンドルを握り、20年が経過した乗務員である。
「はい、順番で手渡しますので、暫くおまちください」
卓が答えると「だから!先から待ってんだよ!・・・」と、語気を荒げた。