その月の締日をもって、卓は乗務係の主任となった。
社内には限られた職員や管理者がいるが、これは乗務員の数に伴い、管理者の数が決まっているからである。
しかし、定年で退職する管理者がいる為、卓の会社では規定より多めの管理者が登録されているのだ。
管理者達は出庫点呼や、終業点呼、各種研修の準備や、実技指導、事故や苦情の処理に立ち会い、その後の面談教育や、他にもお得意先への、ご挨拶回りなど、その業務内容は多岐にわたっている。
勿論、その業務ひとつひとつには、手当が付いた。
しかし、管理者になるより、乗務員で居続けたいと願う者もいる。
最初は卓もそうであった。
母親への仕送り、結婚資金の事を考えると、どうしても「走りたい」と考えてしまう。
一度目の管理者登用の際には、この思いを通したが、田中から二度も救われ、同僚からも頼りにされていることを充分感じていただけに、今回は職場や上司、同僚に対する恩返しのつもりで、この誘いを受けたのである。
社長から辞令が手渡された。
「これからは、自分独りの業務ではないな」
主任と言えば、その業務は社内で社員に一番近く、教育も業務遂行も、相当の責任を問われる職責である。
卓はこれからの、あるべき自分の姿を鮮明に描いていた。
周囲の諸先輩や同僚の殆どは、卓に全面的な信頼を寄せている。
「頑張ってよ!卓ちゃん!」
皆がエールを送ってくれた。
しかし、その中で一人だけ、無関心を装いながらも「あんな若造にナニが出来る」と言わんばかりの先輩ドライバ-がいた。
60代後半で、プロ中のプロと呼びたいところだが、ナカナカの曲者である。
会社から掲示される掲示物にボ-ルペンの頭を押し付けては、ウサをはらす様な人物である。
同僚や上司にも、まともな挨拶が出来ない。
相手が「おはよう!」と、声を掛けても気に入らない相手だと目もくれない。
このテのドライバ-はどこにでもいる。
「俺はこれでやって来た!」と、時代の流れや、職場の教えにも、眼を向けないような、困った人物だった。