その日、その足で、卓は会社に戻り、一部始終を報告した。
「敬語を使わなかったのは何故?」
田中から聞かれた。
「乗客と、みなすことが出来ない・・・そう判断したからです」
「ウン!それは分かる!しかしだ・・・敬語と言うのは相手を敬うことと同時に、自分の為でもあるんだ」
「自分の為ですか」
「そう!自分の為!乱暴な口調や、ため口を叩くと、その時点で己の人格は地に落ちる」
「己の人格!?ですか・・・」
「堅いことを言って申し訳ないが、人はこの人格を護らなければ、人とコミュニケ―ションが取れないし、相手に警戒される」
「ええ、それは、今迄にも感じていました」
「円滑に人間関係を継続しようと思ったら、先ず敬語が必要だ・・・タメ口では、人が反抗的になる場合が多い・・・」
「それは、相手の人格を無視したと・・・」
「そう・・・敬語で話せば、人格の否定をしたと受け取られずに済む・・・」
「ええ・・・」
「丁寧語や尊敬語、それに謙譲語が使えてこそ、人間関係が円滑になる」
「日本語って・・・美しいですからね・・・忘れていました」
「だけど、今回の事は・・・大目に見よう!・・・何故なら相手が危害を及ぼす危険性を感じたからこそ、羽交い絞めにしたわけだ・・・言葉遣いも、急を要す・・・緊急事態であったが為と理解できる」
「はい」
「とにかく、何事もなくて良かったよ」
「ありがとうございます」
「さて!ところで!」
「はい」
「どうだ!そろそろ、乗務係の主任として、活動してみないか・・・」
「はい!お受けいたします!」
卓は、退院した時、すでに心を決めていた。
「今度、管理者登用の話が来たときは、恩返しのつもりで、必ず引き受ける」と。
「よし!早速、運行管理部へ申請書を出すことにする」
「はい!宜しくお願い致します」
「いえ!こちらこそ宜しくお願いします」
ここに、田中係長と卓の頼もしい名コンビが誕生した。