卓は駐車場前で車を停めた。
「川山さま・・・後悔はしておられませんか?」
「・・・」
「一言、申し上げて良いでしょうか」
「二言でも構いません」
涙を拭いながら綾子が言った。
「引きとめるのは、川山様だと思います」
「なぜ・・・」
「鈴木さまは、ご自分のふがいなさを責めておられるのです」
「でも、彼は私の、きつさがイヤだと言いました」
「イヤと仰いましたが、嫌いだとはおっしゃっていません」
「同じです」
「いえ、同じじゃあありません・・・この5年間、結婚へ踏み切る決め手が、欲しかったのだと思います」
「・・・混乱してしまうわ・・・」
「ですから、追いかけるのは今です!・・・そして、やさしく包み込めなかった自分を詫びるんです」
「それでも、拒否されたら・・・?」
「その時は男らしく!いえ、女らしく諦めるんです!新しい恋に向かって行けばイイ・・・そう思います」
「でも・・・」
「デモもストライキもありません!」
「分かりました」
「追いかけますか」
「ええ・・・」
卓はアクセルを踏んだ。
程なく道を挟んだ向かい側の歩道を歩く、鈴木の姿が飛び込んで来た。
卓は静かに、ブレーキをかけた。
「川山さま!」
「はい!」
「女性は勇気と優しさです!」
「はい!」
素直に返事をすると、綾子は歩道へ出た。
「賢哉さ~ん!」
綾子の声に、向かい側の鈴木が気付いた。
「どうしたんだ!」
「賢哉さん!ごめんなさい!私!私!」
叫びながら、綾子は道路を横切った。
「アブナイ!」
鈴木も道路の真ん中へと、飛び出した。
「賢哉さん!私、間違っていました!」
「間違ってた?」
「ええ!奥さんになるのはアナタじゃなくて、私なのよね・・・それなのに、アナタの気持ちに甘えてばかりで・・・言いたい放題でした・・・ごめんなさい」
「いや、イインだ・・・」
「私、会社!辞めます!」
「えっ!?」
「ニ者択一なら、私にはアナタが大切!」
「イイのかい!ホントに!」
「ええ!」
「綾子!」
ヒシと手を取り合う二人に、走る車がクラクションを鳴らす。
「アブナイ!韓流ドラマか!」
罵声を浴びせ、通り過ぎる車・・・
卓は道路へ飛び出し・・・
交通整理をしながら、舌打ちするドライバー達に頭を下げた。
二人は我に返ると、車の傍へと身を寄せ、微笑んだ。
暑い真夏の太陽が、惜し気もなく降り注ぐ、午後の飯田橋である。