身体の調子が戻るまでの間、卓は日勤となった。
確かに酔った乗客を乗せなくて済む。
しかし、いわゆる営業回数と同時にロングの仕事は、殆ど皆無に等しい状態である。
それでも卓は、復帰出来た喜びと、働くことの楽しさを再認識しながら、充実した毎日を送っていた。
その日も、幾つかの無線と駅構内、流しと、忙しく営業を行っていたところへ、久しぶりに花咲町マンションの川山の名で、卓に指名が入った。
「ああ、川山様か」
そう、酔った勢いで「まっすぐ!」と言った、あの30過ぎのOLである。
「この平日の早い時間帯に何故だろ」と思ったが、卓はとにかく、かのマンションに向かった。
「お待ちどおさまでした」
「お久しぶり!」
勢いよく乗り込んで来た川山綾子・・・
「川浦さん!あの時は、ホントに申し訳ありませんでした!今日は真っ直ぐ!なんて言いません!」
「ハイ」
二人は声を上げて笑った。
「新宿西口までお願いします」
「新宿西口ですね・・・」
「ええ・・・そこにある京央ロイヤルパークまでです」
「あの、大きな高層ホテルですね」
「そうです」
「かしこまりました・・・高速を使いましょうか」
「そうですね・・・お願いします」
この昼の営業で、ロングが入るとはありがたい。
それもこれも、酔ったこの川山綾子に親切にしたがためである。
意識的に介助したわけではなかったが、丁寧な卓の営業スタンスが好かれないわけはないのである。
「川浦さん!」
「はい」
「実は私、今日お見合いなの」
「そうだったんですか」
「お相手の方の日時に合わせることになって・・・有給をとったんです」
「そうですか」
卓は、心得ていた。
相手の話に適度な相槌を打つ・・・そして、無闇に詳しい内容は聞かない・・・
綾子が、自ら話し出すのを待った。
「田舎の両親がね・・・あっ、私、神奈川の逗子なんですけど・・・とにかく会え!会えってウルサイの!」
「でも、そう言って下さるのは、親御さんだけですよ・・・ありがたいじゃあないですか」
「そうね・・・私も潮時かなあって思うんですけど・・・」
「はい・・・」
「でもね、5年間付き合って来た人がいるんです」
「そうなんですか」
「取引先の営業でね・・・でも、彼、なかなか結婚話、持ち出さないのよ」
「はあ・・・」
「それで、先日、お見合いの話が来てるって伝えたんですよ」
「はあ・・・」
「そしたら、してみればって言うんです」
「はあ・・・」
「それって、私との結婚の意思がないってことでしょ!」
「いや、違うと思います」
「え~じゃあ、私との結婚の意思はありながら・・・?」
「はい・・・ご結婚の意思は、お持ちだと思います」
「分からないわ~男って勝手ね!」
卓の運転するタクシ-は高速の入り口にさしかかった。