「先月、伺った折に、お休みをとられているとのことでしたので・・・この度は、せがれが大変な事を仕出かしまして、本当に申し訳ございませんでした」
「いえ、終わったことですので・・・それに誰も傷付いてはおりません・・・その事だけが幸いだったと思います」
卓の言葉が終わるや、老人は深々と頭を下げた。
次長に促され、ソファーに腰掛けると、老人はハンカチで涙を拭った。
「お父さん、大丈夫ですか」
次長が優しく声を掛けた。
「はい、申し訳ございません」
終始、穏やかで静かに語る老人からは、犯人の面影など、どこにも探すことは出来ない。
父親の話から、分かったこと・・・
幼いころは優しく真面目な子供だったが、中学、高校と、ちょっとしたことが災いして、長くイジメに遭っていた事、高校2年の頃から、学校へは行かなくなってしまった事、そうこうするうち、母親にあたるようになり、見るに見かねて「出て行け」と怒鳴ったことなど・・・それから数年、音信が途絶えていたと思ったら、警察からの連絡で、窃盗を繰り返し服役していたこと・・・出所した後、有難いことに一度、定職に就いたが、定着することなく長く放浪を繰り返し、今回の事態に至った・・・
父親は、問題がおこる度、先方に出向いて謝罪を繰り返していたことも、その後の話から分かった。
「お父さんが、なぜそこまで・・・」
次長の問いに老人が、答えた言葉・・・それは・・・
「子の起こした問題は、私の責任でもあります・・・余りにも厳しく育てようとしたことが、真逆の方向へと事態を悪化させました・・・妻とも、本当に私達の子だろうか・・・と、何度も話しました・・・考えて見れば、もう少し、せがれの気持ちを、心で理解し温かい家庭の癒しと言うのを与えるべきでした」
「・・・」
「問題を繰り返す度、強くたくましくなれと、叱責ばかりを繰り返しました・・・あの子を温かく抱きしめる事など、一度もなかったような気がします・・・いじめに会っていた時のこともあり、人の中へ入ると、自分から挑んでいくようなところが、出て来ましたのも、20代の頃からだったような気がします・・・考えて見れば、必死に自分を護ろうとしていたんでしょう・・・あの年になったわが子が、また服役をしていると考えると、不憫でなりません・・・すべて、親の私の不徳といたすところです」
「それで、詫びていらっしゃるんですか・・・」
「はい・・・これが私等に与えられた修練だと思い、あの子に詫びる気持ちで・・・」
「お父さん・・・そのお気持ちは、息子さんに伝わる筈です・・・きっと、報われるはずです」
「はい・・・今度こそ、出て来ましたら、抱きしめてやります・・・そして、一緒にお店でもやるつもりで、準備しておるところです」
「お店・・・ですか」
「はい・・・せがれは、料理の世界にあこがれていました・・・しかし、私がそれを許さなかったのです・・・今になって思えば、親のエゴでした」
「・・・」
「もう一度、家族で出直します・・・せがれが、心を開くまで、私達親が、向き合うつもりです・・・」
卓は胸が熱くなった。
親は皆そうだ・・・
卓の父親も厳しかった・・・しかし、いつも見守ってくれていたことは感じていた。
少年期、青年期の頃は、その見守る視線が「ウザイ」と思った事もある。
しかし、それが親なのだと思う。
自分もいつか、親になり子供達との葛藤があるだろう・・・
しかし、いつも逃げない父親でありたいと思う・・・
「お父さん・・・必ず、お二人一緒に、僕の車に、うちのタクシ-に、ご乗車ください・・・その日が来るのを待っています・・・」
卓の言葉に老人は喉を詰まらせ、目頭をぬぐった。
「ありがとうございます」
老人は何度も頭を下げ帰って行った。
親と子、子と親。
切っても切れない今生の、えにし・・・
卓は今更ながら、親の有難さを感じていた。