その日の午後、研修室では年に一度の永年勤続者の表彰式が、執り行われた。
卓は正直嬉しかった。
5年の歳月を、無事乗り越えたという感慨もあったが、この間、自分を教え導いてくれた会社や管理者、諸先輩に対する感謝の気持ちで、目頭が熱くなったのだ。
表彰状が手渡された瞬間、涙が溢れそうになったが、卓はぐっとこらえた。
もしかすると、「命を落としていたかも知れない」その思いが、卓の胸を熱くしたのである。
声にならない「ありがとうございます」を、唱えるように口にし、深々とお辞儀をした。
卓の大きな身体が丸まり、涙を堪えているのが、誰の眼にもよく分かる。
表彰式が、終わり田中が、肩を叩いた。
「川浦さん!おめでとう!」
「いやだなあ!田中先輩!・・・じゃあなかった!田中係長!川浦さんなんて他人行儀ですよ!」
「イヤ、会社では川浦さんと呼ばせてもらう!今まで、卓!だったからな!いくらなんでも卓はないよ!」
「分かりました!僕も先輩!ではなく係長と呼ばせて頂きます」
「はい!宜しく!」
にこやかに微笑む田中の手から、金一封が皆の手元に渡った。
「世話になった両親やお婆ちゃんと、食事に行こう!妹夫婦も連れて!」
卓はそう思った。
研修室から出て、午後の営業に向かおうとした、その時である。
運行管理者の田鹿島次長から呼び止められた。
「川浦さん!今、イイですか!?」
「ハイ!」
「応接室に、川浦さんに会いに来ていらっしゃる方が・・・」
「私にですか!?」
「実は、先々月の事件の犯人・・・その人のお父さんなんだよ」
「・・・」
「一言、お詫びしたいと・・・」
「分かりました・・・お会いします」
卓は次長に促され、応接室に入った。
「川浦君です」
次長が紹介をしてくれたので、卓は一礼した。
見ると白髪の痩せた老人が、眼に涙を溜めて手を合わせていた。