帰り際、里奈が言った言葉が、脳裏をよぎる。
「卓ちゃん、すみませんでした!・・・驚いたでしょう!?」
「そりゃあもう!まさか断られるなんて思っていなかったし」
「先日、お見舞いに行ったときの仕返しをしたかったんです」
「仕返しか・・・」
「ええ・・・」
「確かに、仕返しされても仕方ない」
「でも、お見舞いに行くまでの間、卓ちゃんが、不自由な身体になった時の事を考えなかったわけではないの」
「当然だよ」
「迷いが無かったと言えば嘘になるわ・・・でも、あの時、私のこれからを考えて交際撤回って言ってくれたことが分かった瞬間なの・・・何があっても付いて行こうって決めたのは・・・」
「そうだったんだ・・・」
「卓ちゃん!」
「はい!」
「タクシ-ドライバ-って仕事に、胸を張っている卓ちゃんを尊敬してます」
「ああ!ありがとう!」
「宜しくお願いします」
「こちらこそ!よろしく!」
卓は帰り際、里奈を抱きしめたかったが、家族がいる前では、「ナンダコイツ!」と思われる。
握手を交わすだけであったが、里奈の優しさが、充分、伝わって来た。
卓は車を走らせながら、もう一度思う。
「乗客を乗せて走った来たこの道は、自分自身の人生そのもの」だと。
卓は一日も早く復帰したいと思った。
自分の為でもあるが、待っていてくださる顧客や、便宜を図ってくれた管理者達や先輩にも、これ以上、心配を掛けたくなかったのである。
そして、卓にはもうひとつ、心に決めた事があった。
以前、「管理者にならないか」と誘いを受けた際、自分のこれからの生活を考え、丁重に断ったことがあった。
しかし、「もし、今度また、その話が浮上した時は、受けよう」そう思うのである。
自分の事だけでなく、職場や同僚の為にも望まれているのなら、そんな幸せな事はない。
何より二度も命を救ってくれた恩人、田中主任への恩返しになる。
この世は「仁と礼!だ!」卓は、しみじみそう思うのである。