「なんでこうなるんだ!」
卓は心の中で、繰り返し思った。
「交際撤回って言ったのが原因か・・・なんなんだ!」
「卓ちゃん!」
里奈が卓を射るような目で言った。
こんな里奈の眼は初めてだ。
卓は背中に脂汗がにじむのを感じていた。
「落ち着け!川浦卓!」
いつも乗客から「行き過ぎたよ」「バックして!」と言われるたび、こうやって自分に言い聞かせて来た。
乗客から「ここ右!」「止まって!」と不意に言われると、落ち着いていろと言う方が、不自然である。
しかし、そこはプロ!
「落ち着け!」必ず心の中で繰り返す。
そうすると不思議な事に、静かにハンドルを操作出来るのである。
「落ち着け!」
卓はもう一度、自分に言い聞かせた。
「卓ちゃん!」
「はい!」
「プロポ-ズの指輪は、箱から出して・・・それから・・・膝を付いて頂けますか・・・そうじゃないと、イヤなんです!」
「あ~っ!!!ハイッ!」
卓は心の中で、「ま、まるで韓流ドラマだ!」と思いつつ・・・
慌ててリボンを外そうとしたが、上手く外れない・・・
「落ち着け!」
卓はもう一度、自分に言い聞かせた。
やっと、リボンが外れ、包装紙を開き震える手でふたを開けた。
「イヨッ!イロオトコ!」
富山が掛けた声に、妻が睨んだ。
卓は里奈の傍へ行き、両手で里奈の肩を抱き立ちあがらせる・・・
おもむろに膝を付いて、箱を差し出す。
「結婚してください!」
大きな声で、卓が言った。
「はい」
卓はリングを摂りだすと、里奈の薬指に・・・
「サイズが合わなかったら・・・イイ恥だぞ!」
心の中で思ったが、サイズはピッタリである。
多分、これ位だろうと思っていたサイズだ。
「ありがとう!卓ちゃん!宜しくお願い致します!」
里奈が頬を赤らめるのを見て、卓はやっと胸を撫で下ろした。
「キッス!キッス!キッス!」
はやしたてる富山に「アナタ!」と妻の一声が飛ぶ。
「ハハ~まあ、キッスは二人だけの時にやってくれや!」
家族が拍手喝采を送る中で、卓を見つめる里奈の頬に、真珠のような涙がこぼれ落ちた。