「しまった!何も今ここで話すこともないじゃないか!?」
立ちあがりながら、卓は「マズイ!?」と思ったが、「ええい!ままよ!」と意を決した。
「あらあら、何か大変な事になりそうですよ」
富山の母親が、嬉しそうに姿勢を正す。
富山もその妻も、そして、里奈も正座をした。
卓は出されてあった、お茶を立ったまま、グイッとあおった。
「里奈ちゃん!いえ、富山里奈さん!先日、勝手な事を申しましたが、撤回させてくださいますか」
少し時間をおき、里奈が「はい」と答えた。
「交際撤回」は里奈の為を思っての事であった。
その事は、富山も里奈本人も承知している。
「里奈さん!こんな自分で良かったら一生を掛けて幸せに致します!結婚してください!」
ハッキリと通る声で、我ながら良く出来たと、思った。
すぐさま、用意してあった紙袋から指輪の包みを取り出し、里奈の前に差し出した。
箱を包んだ金色のリボンが可愛く煌めいている。
1秒、2秒、3秒と時間が流れるが、里奈からの返事がない。
卓は顔を上げ、里奈を見つめた。
「フウ~」と静かに息を吐いた里奈の口から、思いもよらぬ言葉が飛び出した。
「イヤです」
「えっ~!?」
皆が一斉に里奈に視線を投げかける。
「里奈!お前!」
富山が目を丸くして妹を見た。
富山の妻も母親も、呆気にとられた顔をしている。
「いま、なんて・・・?」
卓は信じられず、問いかけた。
「イヤですと申しました」
凛とした里奈の声が、リビングに響いた。