卓は諦めきれないでいた。
自分がこんなにあっけなく人生の終焉を迎えるなどと、いつ想像しただろう。
「こんなバカな事があって、たまるか!」
卓の怒りはおさまらない。
「俺は死んでなんかいない!絶対!・・・なんで、俺が死ななきゃあいけないんだ!ふざけるなよ!」
卓は声を限りに叫び、怒り、地団駄を踏んだ。
一気に会社へと飛び、同僚の松さん!堀さん!しんちゃん!の周りをグルグルと回った。
「卓が亡くなるなんて・・・」
この道、30年の大先輩、松さんの涙声である。
始めてこの会社に入社した時、「おはようございます!」と一礼すると「ああ!」とだけ言ってすれ違った先輩・・・そのうち、挨拶するたび「若けえの!そんなに挨拶ばかりしていると、首が疲れるぞ!」とからかわれた。
始めは「なんてこという人だ」と思ったが、後で分かったことは「最初はヨ!礼儀正しいの!みんな!・・・だけど、そのうち酔っ払った乗客に苛められたり、嫌がらせをされるうち、気がすさんで来るんだ・・・で、挨拶もそこそこになる・・・仲イイ連中は別だけどよ・・・」と教えられた。
「え~夜の酔っ払った乗客って、そんなにスゴイんですか!?」
「スゴイってもんじゃあ、ねえよ!・・・今は、そんなでもないけど・・・初めての頃は、やっていけねえって思ったもんだよ・・・」
「そうなんですか」
「そうよ!行先を先ず勘違いする・・・勘違いしたことをよそに、こちらのせいにしてくるんだ!・・・道を再確認すると、オメエ!プロだろ!聞くな!って言われる・・・もっとひどい時なんザァ、俺のウチまで行けっていうのもいるんだ・・・」
「俺のウチ・・・ですか」
「そうよ!俺のウチ!・・・どちらのお宅ですかって聞くだろ・・・そしたら・・・だから!俺のウチ!って!」
「え~そんな!」
「マジ!ホントの話!何聞いても俺のウチ!・・・みんな、参って来るんだ・・・バカらしくなってくるんだ」
「・・・」
「デモヨ!俺でなきゃあ駄目!って言ってくださる方も中にはいる!・・・それが嬉しいのよ!」
「・・・」
「難しいぞ!余程、車が好き!人が好き!でないと・・・それでもダメな時、あるかんね~」
「・・・」
しかし、この松さん、困った時は必ず親切に教えてくれた。
地理や常連の送り迎えで気を付けることなど・・・尋ねる事は嫌な顔ひとつせず、懇切丁寧に教えてくれた尊敬する大先輩なのだ・・
「あの野郎!可愛かったさ!いつも松さん!松さん!ってよ・・・俺はどこかで、あいつの事、息子みたいに思ってたよ・・・チクショウ!・・・会いたいなあ~卓によ~」
小柄で小太りしているが、いつも笑顔の優しい松さん!
彼の目から大粒の涙がこぼれた・・・
卓は途方にくれていた。