国分寺とは、面白い街である。
近くに幾つかの大学や高校、学生寮などがある。
学生街風の趣もあれば、閑静な住宅街や・・・かと思いきや、懐かしい田園風景が広がって来たり、少し行くとマンションが建ち並んでいたり・・・
しかし、変わらないのは、今も静かで穏やかな街だという点か・・・
翔太の母親達が、住んでいた場所は津田塾から少し離れた、木立ちの美しい処である。
この近辺は、特に緑が多い。
江戸時代に造られた上水の両側には、いつの頃からか、ロマンス通りと呼ばれる散歩道があった。
ここを歩きながら、楽しげに語り合うと、そのカップルは必ず結ばれるというジンクスがある。
昼間なら目に鮮やかな木々が風にそよぎ、小鳥たちのハーモニーに心は静まるのではないかと思える。
「あっ!ここです!」
翔太の母親がバス停を指差した。
「ここを・・・右です」
指示に従い、卓がハンドルを切った。
木立の中に建ち並ぶ、住宅街の奥まったところに、タイル張りのマンションが現れた。
「ここに家があったんです」
卓は車を、静かにマンションの玄関前に停めた。
さほど大きくはないが、今はやりのデザイナーズマンションである。
「おじいちゃん、いないのかなあ・・・」
翔太が真っ先に、玄関先に駆寄った。
マンションの周囲を回ってみても、老人の姿は見当たらない。
「ここには、来なかったのかしら・・・」
翔太の母親が呟いた。
と、その時、マンションの横に建つ家の塀に寄りかかっている人影が、目に飛び込んで来た。
「エッ!?」
卓は足早に近づいた。
「大丈夫ですか!」
卓の声に翔太と翔太の母親が駆寄った。
間違いなく翔太の祖父である。
朦朧とした意識の中で、塀に寄りかかり、小さく呻いていた。
「ウ~」
「お父さん!お父さん!」
翔太の母親が呼ぶ声に眼を開けた老人は「あっ!母さん!」と叫ぶや目を大きく見開いた。
「お父さん!しっかりして!私です!佐知子です!」
「佐知子?・・・いや・・・美佐子じゃないのか・・・美佐子!」
老人は娘を、亡くなった妻だと思い込んでいた。