「もう少し、我慢すれば、御茶ノ水近辺にホテルが幾つかあったはず・・・うう・・・」
しかし、この乗客にどう理解してもらう!?
「せ、先輩!こういう時はどうすればいいんでしたっけ!」
卓は心の中で、田中主任に語りかけた。
答えが聞こえてきたような気がする・・・
「自分で考えろ!」
「ウワッ!そんな~」
その時である。
前方に、かなり大きなホテルが見えて来た。
玄関口に入る手前の処で、卓は車を停め、必死の形相で話しかける。
「お、お客さま!」
乗客は怪訝そうな顔で卓に目をやった。
「あの、誠に恐れ入りますが、私、不意の腹痛の為、これ以上の走行が無理になりました」
「なんだ~?」
「申し訳ございませんが、ホテル前のタクシーに話を付けますので、お乗換えくださいますか」
卓はやっとの思いでここまで話すと、客席のドアーを開けた。
直ぐに動けない状態である。
下半身に思いっきり力を込めそろりと、車から降りた。
料金バッグを持つとドアーマンに話を付け丁重に乗客を乗せた。
「申し訳ございません」深々とお辞儀をする卓に乗客は「アンタも大変だな・・・まあ、ガンバレよ」
思いのほか優しい返事が返ってきた。
乗客を見送った後、ドアーマンに告げた。
「トイレ!トイレ!どこ!?」
情けない声である。
「あっ、はい!お入りになり突き当りを左へ行きますと、ございます」
こんな時でも、慌てず静かな口調だ。
「さすがだ~」
卓は感心した。
しかし、感心してる場合ではない・・・「うっ!来た~来た~ヤバイ!ヤバイ!」
そう呟きながら、下半身に力を入れ顔をゆがめロビーを歩く卓を外国からの客たちが、
いぶかしげに眺めているが、そんなことはどうでも良かった。
やっとの思いで、トイレに辿りつくと、便座に腰掛けた。
と、その瞬間!
「アッ~料金!ここまでの料金!」
そう!ここまでの料金を貰うのを忘れていたことに気が付いた。
ブリブリ~ッと、耳をつんざくような激しい音と同時に「あ~!」という卓のもの悲しげな声がトイレに響いた。