出てきたのは、卓が2.3度乗せた事のある大手出版会社本社の部長で、かなり神経質そうなタイプの男である。
眼鏡の奥はいつも鋭くひかり、体躯はそう大きくないが、引き締まった体から「いつも鍛えている」といった印象を受ける。
卓が入社したてのころ、本社までの道順を遠目にとったと、こっぴどくやられたことがあった。
「ウウッ!あの部長か!・・・参ったなあ!」
卓は困惑した。
しかし、次の瞬間、先輩である田中主任の教えが脳裏をよぎる。
「苦手意識を顔に出すな!その時点で勝負は決まったようなもんだ・・・そういう時は、この方から給料を頂いている・・・そう思え!・・・無理矢理にでも自分にそう思い込ませること・・・そして、笑顔を見せることだ」
卓はその言葉を思い出すやニッコリと微笑んだ。
「毎度ありがとうございます!」と軽く会釈をしドアーを開ける。
「ウン!」部長は軽く頷き車上の人となった。
部長が見送りに出てきた管理者に「じゃあ!」と合図を送ったのを確認し卓は「本社で宜しいでしょうか」と問う。
「ああ、そうだよ」
不愛想な返事はいつもと変わらない。