その夜、卓は両親に考えを告げた。
「婆ちゃんの遺言、理解出来るけど、やはり49日を終えてからにします」
「・・・」
「本来なら1回忌を終えてから考えるべきだと思うけど、婆ちゃんもああ言ってくれてるので、考えて見たんだ・・・それで、予定通りではないけど、せめて49日が終わってからにしたいと思います」
「分かった!そうしよう!」
父親が頷いた。
「そうだね・・・せめて49日が終わって・・・賛成よ」
母親が、微笑みながら頷く。
久しぶりに見る母親の笑顔だ。
里奈にも、里奈の家族からも承諾を得た。
後は式場となる『ラ・セゾン』のオーナーがどう言うかだ。
通常の生活に戻りはしたものの、やはり祖母がいない空虚感はどうしようもない。
皆が、寂しさや悲しさと闘いながら、静かな気持ちで、毎日を過ごしている。
不思議なもので、卓は実家に戻るたび、祖母の寝室をのぞく。
しかし、部屋には電動式のベッドがポツンと残されたままである。
「お母さん・・・お婆ちゃんのベッド、どうするの?」
妹が訊ねた。
母は49日を終えるまでは、手を付けたくないと言う。
「お婆ちゃん、まだ居るよ・・・だから、49日までは・・・」
母親は、いつものように、祖母の部屋に掃除機を掛け、拭き掃除をし、祖母の衣類をたたみなおす。
「出来るだけ、いつものリズム通りにね・・・」
母の口癖である。
辛い事や悲しい事があっても、出来るだけいつもと同じようなリズムで暮らす。
それが、一番賢い・・・母はそう信じていた。
実母との縁が薄かった母は、卓の祖母を実の母親のように、慕い敬い大切にした。
その温かな気持ちが通じていたのだろう。
祖母のタンスを整理していると、綺麗な紙袋が出て来た。
中には家族全員の名義になった通帳が手付かずのまま残されている。
勿論、母に宛てた物もあり、見つけた母は驚き、ふるえた。
通帳の中には、卓の結婚資金の一部に宛てて欲しいとのメモと一緒に郵便貯金が、出て来た。
保険の受取人は父と母である。
なんとマメな祖母であろう。
「いつの間に・・・」
皆が、驚き、そして涙した。
祖父が亡くなった時、引き継いだものも全く手を付けず、そのままにしてある。
「倹約家のお母さんらしい」
卓の母が、目じりを拭った。
卓の結婚資金は、数百万、妹にも同額が充てられている。
保険からも、巨額ではないにしろ、父と母が老後の暮らしに困らないようにとの計らいが感じられた。
60代でリタイヤし、80代まで暮らそうと思うと、今の日本では一人、3千万前後必要と言われている。
両親の蓄えも知れてはいるものの、二人、一生懸命、真面目に暮らして来た証である。
祖母の残してくれた金額を合わせると、二人の老後はギリギリだが、何とかなると思えた。
母は一人祖母の部屋にこもると、静かに泣いた。