次の日、社に出て見ると、敬語が不得手な並谷宛てに、乗客から一通のハガキが届いていた。
卓の会社ではよくある事だ。
ハガキの内容はこうである。
〇〇病院から出て来た老婦人、手にはボストンバックと紙袋。
退院する日、迎えの家族は何かの手違いで現れない。
仕方なく一人で帰ろうと、タクシーを呼んだ。
出向いたドライバーが並谷であった。
「御カバン、お持ちいたしましょうか」
杖をついた婦人客の手をとり・・・
客席に座ったのを確認するや「ドアーを閉めさせて頂きます」と一言。
車中、老婦人の話し相手をするのも、丁寧で優しかったと・・・
自宅前では、すかさず、チャイムを鳴らし、出て来た家族に荷物を渡した。
老婦人に「どうぞ、お身体大切に・・・ご自愛ください」と声を掛け、静かにドアーを閉めたという。
家族が迎えに来る時間より、自分が勘違いをし、早目に出てきてしまったが、そのお蔭で、親切な運転手さんにあたったと、文面で喜びの気持ちが綴られていた。
「ケッ!敬語なんか遣えるか~俺は、これでやって来たっつーの!」
この考えを正したのは、他でもない卓である。
送られてきたハガキを読みながら、並谷は、顔を赤らめた。
「並谷さん!良かったですね」
卓が声を掛けると、「生れて初めてだ!人から感謝の手紙貰ったのは・・・」と、耳まで赤く染めた。
「卓ちゃん!イヤ、川浦主任のお蔭だ」
「いいえ、並谷さんが、頑張った結果です」
「ナンか、俺、この仕事、やってて良かった」
「そうですね!こういう時、一番嬉しいですよね」
「ああ!」
並谷の手にはしっかりと、お礼のハガキが握られていた。