卓は、確実にそして、着実に成長していた。
物事に、余り動じなくなっていったのも当然と言えば当然である。
起こる出来事の前で、眼を白黒させていた頃が、微笑ましいとさえ、卓自身が感じていた。
タクシー業は世の中の縮図だとも思う。
イヤな事、苦しい事、数多く経験したが、そのひとつひとつの出来事の中に、成長要因がある事もまた事実なのだ。
卓はもっと稼ぎたいと思う。
しかし、スピードを上げると、「物を運んでいるのか!」と乗客から一喝される仲間もいた。
時代は、間違いなく変化している。
その変化に付いて行けるか否かは、自分次第である。
付いて行かなければ、取り残されるだけなのだ。
昔のような接客法では、お客は寄り付かない。
懇切丁寧に・・・たとえ相手が酔っていたとしても「介護する」位の気持ちが求められているのも事実なのである。
しかし、客層は千差万別。
心を込めて接客しようとしても、その真心が通じない相手もいる。
そんな時、卓はこう考える。
「仕方ない事かも知れない」と・・・
お客様は、車中で休みたい・・・和みたい・・・考えにふけりたい・・・
その要求を満たす事こそ、この仕事の難しさである。
困った時、卓は「あ~天がこの人をつかわせ、自分を試している・・・成長させようとしている」
そう考える事で、気持ちは不思議と落ち着く。
数年、その努力をする事で、「さて、今日はどんなドラマが待っているのだろう・・・」と考えるようになったし、いつも「そのドラマの中の主人公は・・・自分だ」と思えるようになった。
確かに難しい仕事である。
しかし、難しく考えると、更に難しくなるのが仕事である。
卓はこの仕事を仕方なくして来たわけではない。
その事に気づいた瞬間から、この仕事を大切に思えるようになり、乗客に対して「自分のお客様だ」と感じられるようになった。
その成長を一番、喜んでくれたのはほかでもない先輩、田中である。