家族から聞かされた事は、高血圧性脳内出血だったが、手術はしなくて済んだという事。
事件後、心配した田中が、何度も携帯を鳴らしたが、卓が出なかったため「もしや!?」と、管理人に頼んで部屋に入ったところ、玄関先で倒れていた卓を発見し、救急車で搬送したことなどであった。
そのまま、昏睡状態で倒れていたら、危なかったこと・・・脳内出血は微量で済み、左手がしびれる程度の後遺症が残るが、リハビリで、もとに近い状態に戻るであろうということである。
マンションで倒れた直後、田中が入って来たことが、命拾いの直接的な要因である。
卓は心から田中に感謝した。
乗務員仲間の中には、家にまで様子を見に来る管理者を「うとましい」と思う者も少なくない。
「プライバシーの侵害」と憤慨する仲間までいた。
しかし、管理者は必死なのである。
部下である乗務員の健康管理や精神面でのフォロ-は、必要なものであると認識しているのだ。
一にも二にも、お客様の『安全』を確保し、ロ-ドリ-ダ-としてのキレイな運転で、事故や苦情を未然に防止するには、何をどう言われようが、各自の生活圏内にまで踏み込んだ指導が必要になる。
その結果、卓のように命拾いする者もいるのだ。
「田中先輩は・・・」
尋ねる卓に母親が答えた。
「今しがた、帰られたのよ・・・少し眠って来るとおっしゃって・・・」
「そうだ・・・田中先輩も、充分な睡眠をとっていないはずだ・・・」
卓は申し訳なく思った。
その日の内の検査で、卓にもうひとつ病気がみつかった。
メニュエール病である。
全身の倦怠感と、激しい目まいはそのせいだった。
運悪くメニュエール病の症状と脳内出血が重なったのである。
メニュエール病は、比較的真面目で責任感の強い人に見受けられる。
睡眠不足や激しいストレスが重なると、この様な症状が、現れるという。
卓はショックだった。
もしかすると「このまま、職場復帰は無理か・・・」と心配になった。