その日の夕方、里奈との約束で、卓は吉祥寺のフレンチレストランへと足を運んだ。
野菜ソムリエの里奈が、兄、富山と育てた野菜を卸している店だという。
指定されたのは、住宅街の奥まった所に位置する洒落た店である。
「卓ちゃん!」
里奈からは川浦さんと呼ばれていたが、今日は親しみを込めて、そう呼ばれた事が嬉しい。
店の前では、ジーンズに白い麻のブラウスに身を包んだ里奈が手を振った。
「やあ!」
「コンニチハ!」
シャツの襟を立て、大きめのリンクのイヤリングをした里奈が、近づいて来た。
卓がニッコリ微笑むと「お疲れじゃあないですか!」と里奈が聞く。
「イイや・・・アッ!でも少し疲れてるかも・・・」
「えっ?そうなんですか・・・」
「まあ!ゆっくり話すよ!」
「ええ!」
日焼けしているが、目鼻立ちの整った里奈の顔が、まぶしく思える。
卓は何故か嬉しくなった。
店内は白をベースに、床はブラウンの落ち着いた感じのする気取りのない造りになっている。
奥には四方を見渡せるように、ガラス張りのスペースが設けられていて、庭には周りを遮断するかのような鮮やかな緑が、心を癒す・・・
「素敵な店だね・・・」
「でしょう?」
「住宅街の中にあるなんて、信じられないよ・・・森の中にあるお店みたいで・・・」
「そうなんです・・・私、実は作った野菜を直に持ち込んで、営業したんですよ」
「へえ~すごいね!」
「殆ど、そうなんです・・・飛び込みで営業して来たんです」
「ガッツだね!」
「そう!ガッツ!」
里奈が楽しそうに笑う・・・
「OK牧場!」
卓が間髪入れず、言い放つと「アハハ!卓ちゃんも、やっぱりオジンギャグなんですね!」
里奈が声を上げて笑った。
「ところで、さっきの話の続きなんですけど・・・」
里奈の問いに卓は運ばれてきたビールで乾杯し、一口グ~ッとあおった。
今朝方の夢の話、その中に出てきた里奈から「会いたい時、会える人が恋人」と言われた事・・・
富山から「妹を、幸せに出来んのか・・・」と詰め寄られた夢の中の出来事・・・
プールを出て沢口夫人に強要された事など・・・
卓が、ゆっくり話すのを、頷きながら聞き入っていた里奈が口を開いた。
「それは・・・疲れる筈です・・・」
「ありがとう」
「卓ちゃん、やっぱり昔と変わっていない・・・」
「そう!?」
「ええ・・・私、昔から卓ちゃんの事・・・憧れていたって言ったでしょう?」
「ああ・・・」
「キッカケがあったんです」
「きっかけ!?」
そんな前から、見られていたことが、不思議でもあり、嬉しくもあった。