もう10年以上前のことである。
富山の家で一晩泊まった卓が、次の日の午後、帰宅しようと最寄りの駅に着いた時の事である。
前方から重たそうな手荷物を両腕に抱えた老婦人が、エッチラオッチラと歩いてくるのが見えた。
素早く走り寄り、その荷物を預かると、タクシー乗り場に老婦人を案内したことがあった。
それを、偶然、学校から帰った里奈が目にしたのであろう。
「私、バス停から、それを見ていたんです」
「そうだったんだ」
「あの時、一生懸命な卓ちゃんを見てて、いいなあって思ったんです」
「ハズカシ~里奈ちゃんに見られていたなんてね・・・」
「でも、卓ちゃんて、昔からそうなんですよ・・・だから、沢口さんって言いましたっけ・・・その方の事もフォロー出来たり、認知症の方の面倒や・・・色んな事が自然に出来ちゃうんです」
「でも、正直、しんどくなることもあるんだよな」
「でも・・・無視を決め込むと、もっと辛くなるんじゃない?・・・そのままでイイと思います」
「ありがとう!」
「夢の話だけど・・・確かに会いたい時会えるってステキです・・・でも所詮それは無理でしょ・・・それを言い張ることはエゴでしかない・・・勿論、何か大変な事が起きた時、突発的な事が起きたときは別・・・普通の時それを押し付けるのは、どうかしら・・・実際の私はそう思う・・・それと、ドライバーの時間調整が難しいことくらい、兄も分かっています・・・大丈夫です・・・卓ちゃんの事、全面的に信頼してるみたいです」
「話して良かった・・・夢の中の話じゃなくて、実際に言われたら困るって・・・思ってた・・・」
「言うわけないですよ~」
里奈がアハハと軽く笑ってくれたのが、卓にとっては何よりの慰めになった。
里奈の作る野菜はどれも、やさしい味がした。
「今、兄と有機米も作り始めているんです・・・その他にも、今の季節だとニンニクの芽やワラビ、コゴミなども作っているんです・・・これからはだだちゃ豆が美味しくなるころです・・・今は、田んぼの草や害虫をアイガモに食べさせ、鶏ふんを肥料に野菜を育てる有機農業に着目してるんです・・・」
熱く語る里奈の目が輝く・・・
「フレンチやイタリアンだけじゃあなく、和食にもピッタリなんです・・・特にこれからはだだ茶豆の白和えは絶品ですよ・・・」
「ほ~聞くだけでも美味しそうだ!」
「でしょ!・・・私、0L辞めて、良かったと思います・・・」
「食で健康を考えるってことなんだね・・・」
「そうなんです!」
「今、食育って言う言葉があるくらいだからね・・・きっと賢いお母さんになるね・・・」
里奈はその言葉を聞いて、ニッコリ微笑んだ。