「父は、中学の教頭をしておりました・・・」
翔太の母親が話し出した。
「真面目一本の人でしたが、お酒は良く日本酒を好んで飲んでいましたし、タバコも一日に一箱は吸っていました・・・でも、ホントに勤勉で実直な人でした・・・優しい人なんですが、たまに怒り出すと止まらないタイプの人で・・・母親はいつも困惑していたと思います」
「日本酒好きでタバコ好き・・・それでいて真面目一筋、曲がったことが嫌い・・・何だか分かるような気がします」
「実は先日、近くの施設からパンフレットを送って頂きました・・・」
「そうなんですか!」
「でも、どうしても踏み切れないんです・・・父の退職金も手付かずですし、今までの蓄えで、なんとか施設には入ってもらえますが、私、ホントにそれで良いのかと・・・」
「先程も申し上げましたが、家族だから、無理な事も多いんです・・・認知症の場合、症状を抑え、遅らせることも出来るそうですが、そこに行くまでに、色んな事があるそうです・・・以前、認知症の親御さんがいっらしゃる方のエッセイを読んだことがあるんですが・・・その方は、こうおっしゃっています・・・」
「はい・・・」
「一生懸命生きて来られた方への、天からのプレゼントではないかと・・・」
「プレゼントですか・・・認知症が・・・でも家族はそうは考えられない・・・」
「ええ・・・でも、その方は、そう考えるしかないと書いておられました・・・死に対する恐怖や不安は、普通の方より弱いというか・・・軽減されていると・・・」
「・・・」
「モチロン、人それぞれの個人差はあると思いますが・・・死ぬという事への絶え間ない恐怖さえ・・・お忘れになっているのではないかと・・・」
「そうなんですか!?」
「ええ・・・そうだと思います」
「・・・」
「ごく最近だと思います・・・このアルツハイマ-に対する研究や治療システムが、ウンヌンされるようになって来たのは・・・」
「そうらしいですね・・・それまでは偏った考え方が、随分多かったと聞きました」
「・・・とにかく、感情的にならないことと、仰っていることに付き合う・・・何か失くしたと言ったら、先ず一緒に探すフリでもすることです・・・
ご飯、食べたばかりなのに、まだ食べていない・・・とおっしゃったら、ご飯炊けるまで待っててと伝え、先ずバナナの1本でも渡す・・・それから気をそらすというテもあるんです・・・」
「川浦さんは何故、そんなにお詳しいんですか」
「ちょくちょく、お乗せするんです」
「・・・」
「中にはご家族への不満をぶちまけたり・・・車内で失禁されたり・・・お連れしても、なんでこんな所で止めるんだと、興奮されたり・・・始めはやってられない・・・と思う事もあったんですが、そのうちその営業回数というか、認知症の方が、決して少なくないことに気づき始めたんです・・・」
「・・・そんなに・・・」
「ええ・・・ご乗車になった後、目的地を聞くと・・・はて、どこへ行くつもりだったのやら・・・と仰る方もおられるんです」
「そういう時、どうなさるんですか・・・」
「そういう時はこう言うんです・・・私の車を見つける前・・・どこにおられました?とか、メモ帳はお持ちですかとか、色んな事を話しながら決して焦らないということ、嫌がらないということ・・・イイですよ!ゆっくり思い出してください・・・と伝えるんです・・・」
「嫌がらない・・・怒らない・・・」
「そうです・・・中には、ただの物忘れということもあるんです・・・トシ相応の物忘れ・・・でもハッキリと認知症だなと分かる方には、逆にある程度、調子を合わせるというんでしょうか・・・深刻にならないとでも言うべきなんでしょう・・・」
「お母さん!おじいちゃんって、ディズニ-ランドみたいな、特別な世界にいるのかも知れないよ」
翔太が、話し出した。
「タイムマシ-ンで昔や今の時間の中を、自由に行ったり来たりしてんじゃない!?」
翔太の言葉に母親は、フッと微笑んだ。
「翔太くん!イイ事言うじゃない・・・」
卓の言葉に「まあね!」と、翔太が得意気に笑った。