「お父さん!起きて!着いたわよ・・・」
翔太の母親が、老人を軽く揺り起こした。
「ああ・・・」
老人は頷くと、ゆっくりと身体を起こし、開いたドアーから出ようとしたが、既に卓が向かい側に回り身体を支えた。
「ありがとう・・・」
老人は卓を見た。
うつろではあるが、どこか悲しそうな目を見た瞬間、卓はこの家族のこれからを案じた。
この若い母親は、これから本格的に、現実と向き合わなければならない・・・
頼るべきご主人は東北復興の為、岩手に行ったきり・・・
卓は心の中で思った。
「大変だぞ・・・これから・・・」
支払いを済ませた母親は、卓に何度もお礼を言い、深々とお辞儀をした。
サイドミラーに映った翔太がいつまでも、手を振っていた姿が脳裏に焼き付いた。
その夜、卓は終電から2時過ぎまで、車を走らせた。
正直、身体はクタクタである。
「もうそんなに、若くはないな・・・」
否が応でも、そう思わずにはいられない・・・
身体が疲れる事より、神経を擦り減らす事の方が、その疲労度には雲泥の差がある。
家に帰ると、風呂にも入りたくなかった。
とにかく早く寝たい・・・
卓は初めて、何もせず、着替えだけをやっとの思いで済ますと、布団に潜り込んだ。
「川浦さん!起きて!」
女性の優しい呼びかけに目が覚めた。
どれだけ眠っただろう・・・
「・・・アレッ!里奈ちゃん!」
寝ぼけ眼の卓の顔の前に、笑っている里奈の顔が、飛び込んで来た。
「鍵は?」
「川浦さん!ドアの鍵、締め忘れていました・・・」
里奈がいたずらっぽく笑う。
「さあ!起きて!今日はデートの日よ!」
「エ~それはない・・・だってまだ、しっかり眠ってないし・・・」
「そんなの関係ない!会いたい時に会えなきゃあ、恋人って言えない・・・」
里奈の言葉に困り果てた卓が叫んだ。
「チョット待って!・・・まだ夜が明けてない・・・」
「だから!関係ないって!行きたい時、会いたい時に会う・・・それが恋人だって!」
里奈はそういうと、窓のカーテンを開けた。
外はまだ暗かった。
「里奈ちゃん!」
そう叫んだ瞬間、里奈の顔が突然、富山の顔に変わった。
「おい!お前!ホントにこんな生活のリズムで、俺の妹、幸せに出来んのか!」
怒る富山の顔が今度は、翔太の母親に変わった。
「川浦さん!私!どうすればイインですか!」
はらはらと泣いている・・・
その顔が、今度は老人の顔に変わる。
「アンタ!誰!アンタ!だれ!」
掴みかかってくるその手を払いのけた卓は「ワア~」と叫び飛び起きた。
汗だくである。
「夢・・・?」
卓は大きく溜息を付いた。