「サア！困った！」
こういう時は、乗客を揺り動かすことも出来ない。
数分の間、待ってみた。
「お客様・・・お客様！」
卓の声で女性はうっすらと目を開けた。
「ん！？ナニ！・・・着いたの！？」
寝ぼけている。
「いえ・・・お客様が行先をおっしゃる前に、お眠りになったものですから・・・」
「あらっ！そうなの！・・・わたしったらイヤアネ～ごめんなさい！」
さっきより幾分マシか・・・
卓はホッとした。
「え～っと・・・花咲町なのよ・・・分かります？・・・ん～っと・・・小学校があるでしょ？その向かい側にコンビニがあるので、その手前で左、すぐマンションがありますので・・・」
「ハイ！かしこまりました！」
嘔吐して、少し眠ったのが良かったのか・・・
女性の意識は通常のモードに戻ったようである。
「運転手さん！私何か失礼な事言わなかった？」
「はい！しっかり酔っていらっしゃって・・・」と言いたかったが、そこは仕事だ・・・
「いいえ・・・何も・・・ただ、お疲れのご様子でしたよ」
「そうなのよ！イヤな上司がいてねえ・・・接待なのか、何なのか分かんない領収書を渡すもんだから、ガツンと一発言ってやったのよ・・・そしたたらさァ・・・もうネチッこいの・・・
ナンテ言ったと思う？・・・あ～キビシイネ！けど会社に１０年以上もいればもっと優しく話せって言う方が無理かもね・・・だって！」
「そりゃあ！良くないですよ」
「でしょ！どう考えても使途不明金なんて出せないわよねえ～」
「私にも同じような経験があります・・・昔、いた会社なんですけどね・・・
その上司、コンビニで、結構イロイロ買ったらしくてレシ－トだけを、僕に渡してこう言ったんですよ」
「うん！うん！なんて！？・・・」
女性は完全に酔いから醒めていた。
女性の切り替えの早さには、見事なものがある。
「お前の名前で経理に出しとけ・・・金が出たら俺に渡す事・・・って」
「なんなの～そいつ！おかしいわよね！」
「そうなんです・・・入社して間もないころだったんですけど、係長！・・それは困りますって・・・」
「よく言ったわ！そういう輩は、最初が肝心！それで・・・」
「そしたら、わけ分からんヤツだなあ～って・・・」
「バッカじゃないの！そいつこそ、ワケ分かってないじゃん！」
「そうなんです・・・ですけど、そのうちその上司が課長に昇進して・・・それからは、かなりイビラレッパナシって感じで、結局やめました・・・そこ！」
「うん！よくヤメタッテ感じ！・・・そう言うのに限って手柄を自分の物にするしね・・・」
「ハイ！まったくそんな感じでした」
「そっかあ～そいで、この仕事に就いたのね・・・」
「ええ！でも転職して正解でした・・・」
「でも勇気いるもんねえ・・・転職って」
「確かに・・・」
「それで、私今日は、同期の人たちがまだ数人いてね・・・そいでもって、今日は火曜なんだけどォ～女子会で盛りあがっちゃってさあ・・・」
「そうだったんですか・・・無理もないですよ」
「あらっ！ごめんななさい！・・・グチッちゃって・・・あっ・・・その先、左なの・・・」
「ハイ！」
あっという間にマンション前に到着した。
「お客様が最初、真っ直ぐ行けとおっしゃったんで・・・料金が・・・」
卓が説明しようとすると「イイワヨ！私が言ったことだもの・・・それに・・・今、思い出したけど・・・多分、私、貴方にトンデモナイお世話させてしまったわよね・・・」
嘔吐したことをうっすらと、思い出したようである。
「いえ、大丈夫です」
「申し訳ない！じゃあこれで・・・」
差し出されたのは五千円札・・・
「ありがとうございます・・・おつり、２千と４００円です」
そう言いながら、おつりを渡そうとする卓に「イイの！取っといて・・・」
卓は内心「ウッソ～」と思ったが素直に「ありがとうございます！」と元気よく答えた。
「運転手さん、川浦さんって言うんだ・・・」
「ハイ！川浦　卓と申します」
「ホント、ご迷惑おかけしました・・・私、ここのマンションの川山です・・・宜しく！」
「イエ！こちらこそ宜しくお願い致します」
川山と名乗る女性は、しっかりとした足どりで、マンションのエントランスに入って行った。
卓は「フウ～」と長い溜息を付いた。
その時、運よく次の無線が入った。
「ヨッシャァ～」
卓は日報を付け終えると、アクセルを踏んだ。