翔太の祖父は、自分の病名や症状を認識している。
「昔の事はね、よく覚えてるが、少し前の事になると・・・自信がなくなるんだ・・・」
オットリとした口調で祖父が言った。
「お父さん。気にしなくてイイのよ!」
翔太の母が元気付けると、祖父はニッコリ笑った。
「おじいちゃん!先週の試合でね!僕、ゴール決めたんだよ!ホラ!その時の写真!」
サッカーチームに通っている翔太が、自慢げに写真を取り出して見せた。
「ほう!スゴイネ!今度、おじいちゃんも、応援に行くか!」
「ホント!?きっとだよ!」
「ああ!」
卓はこの幸せそうな家族を見て思う。
一時は、どうなることかと思ったが、今、専門の施設に来て、皆が落ち着いている。
確かに金額や、システムは千差万別であるため、適している施設を探すのは難しい。
そんな時、決して一人で悩まず、数ヵ所の相談窓口に問い合わせ、出向いてみる事が必要である。
昔は、劣悪な環境の施設があったことも事実である。
しかし、福祉関係は日に日に変貌を遂げていることも又、事実だと卓は思った。
卓はふと、母の事が、思い出され胸が熱くなった。
決して、弱音を吐かず、祖母の介護に明け暮れて来た母を心から尊敬している。
と同時に、意識は、はっきりしている祖母に対しても有難いと思うのだ。
「翔太の祖父も、これ以上、悪化することなく、穏やかな日々を送って欲しい」
卓は心からそう願う。
「日本の福祉は遅れている」よくそう言われて来た。
それに比べ北欧は、納税がきつくても、必ず後で還元されるといった信頼に裏打ちされ若い世代は、当然のようにかなりの負担を背負うが、それで、長い間、上手く行っているという。
しかし、日本には人を「思いやる」心がある。
隣近所が声を掛けあう、気配りや心配りの人付き合いをして来た土壌というものが、あるのだ。
いつ来るか分からない南海トラフや直下型地震。
その時、果たして自分は、お年寄りや子供達、女性や身体の不自由な人たちを助ける事が出来るだろうか。
卓は、いつもそんな思いを抱きながらハンドルを握っている。
出されたお茶を飲んだ。
「美味しい」と感じる。
この空間には穏やかな幸せがあった。