施設に到着し、卓も一緒に見舞う事になった。
建物は新しく、手入が行き届いた庭園が広がる。
その片隅に、入園者達が創る花畑、野菜畑が、秋の風にゆらぐ。
「イイ所ですね」
卓は心からそう思う。
「ええ、皆さんがハツラツとしておられて・・・私も此処に決めて良かったと思ってます」
翔太の母親の足取りも軽い。
「お母さんはね、いつもここへ来ると、足早になるんだよ」
翔太が説明してくれた。
「あらあ~そうだったの・・・お母さん、自分でも気が付かなかったわ・・・」
「きっと、お爺ちゃんに早く会いたいんだよ」
翔太が卓にささやくように言った。
「うん!そうかもな!」
そう言いながら、卓も翔太に引っ張られるようにエレベーターの前へ立った。
3階建ての建物で、入園者の症状に合わせてフロアーが決められているようである。
別棟もあるが、そこは完全な介護や治療が必要になった入園者の部屋である。
この施設は基本的に、「食べながら楽しい生活を送る」事をモットーとした処である。
ホールからは、楽しく歌うお年寄り達の『ドレミのうた』が響いて来た。
卓は正直、驚いていた。
介護施設のイメージは、どんなに環境が整っていると言え、やはり辛い印象が付いて回る。
しかし、ここは「何かが違う」と感じさせてくれるのである。
翔太の祖父の部屋は2階の手前にあった。
ドアーは軽く開かれている。
翔太の母親が、静かに空けると翔太の祖父はいなかった。
部屋の左には、洗面所と風呂とお手洗いが並んでいる。
そして、右側にはお茶が湧かせる電気コンロが置かれていて、小さいがシンクタンクもある。
少し入ると小さめの靴箱、その横にクローゼット、その並びに箪笥と引出式の収納箱、上にはテレビが置かれ、真ん中は応接セット、端にベッドが置かれ、枕元には小さい万能机が置かれて本が読めるようになっている。
窓は開けられ、レースのカーテンがそよいでいた。
窓から身を乗り出し外を確認していた翔太の母親が「おとうさ~ん」と声を掛けた。
庭園のミニ農園で、野菜の手入れをしていた翔太の父親が、その声に応えて手を振った。
「来たのか~今、行くよ~」
力強い、声が聞こえた。
「以前より元気そうですね」
卓が翔太の母親に問いかけた。
「ええ、びっくりするほど、改善されているんです」
「そうなんですか」
程なくゆっくりとした、足取りで、翔太の父親が入って来た。
「おじいちゃん!」
翔太が駆寄ると「ああ!翔太!」と、孫の頭を撫でながらニッコリ笑う。
「お久しぶりです」
卓が声を掛けると、一瞬、じっと見つめていたが「おお!川浦さん!」と、翔太の祖父が、応えたのには卓自身、驚きを隠せない。
「覚えていて下さったんですね」
卓が尋ねると「お世話になっております」と、軽く会釈する翔太の祖父の顔には笑みがこぼれた。