世の中にはいくら、真面目に、真っ直ぐに向き合っても、揚足をとったり、騙したり、不誠実に接する人々がゴマンといることを、卓はイヤと言うほど思い知らされて来た。
しかし、そこで腐ったり、投げやりになったりしたのでは男がすたる。
「自分は自分なりに、仁と礼を尽くす」その思いは、沢山の顧客や、社内の同僚、上司から支持されてきた。
「このオトコもどこかで、ひん曲がってしまったんだな・・・きっと・・・」
卓は男に、ピタリとくっ付いた状態で、警察に電話し始めた。
「待って!」
男が急に携帯の画面を手で押さえた。
「ごめん!兄さん!謝る!」
「謝る時には、ちゃんとした日本語があるだろ」
「はい・・・すみませんでした」
これぞまさしく、手のひらを返すという事だろう。
「で、どうすんだ!」
「はい、払います」
男はジーンズの後ろポケットから、財布を取り出し、二千円を差し出した。
「持っているならこんなこと、何故した!」
「余りにも、腹が立って・・・20分、待たされてたら、もう腹が立って腹が立って・・・」
卓は二千円を受け取りお釣りを渡した。
「500円のお釣りです」
卓は敬語に切り替えた。
「えっ!でも・・・」
「いえ、いいんです・・・待たせてしまったお詫びです」
「・・・」
「どうぞ」
「ホント、マジ、申し訳ないっす!」
「いや、もうこんなことはやめた方がイイです」
「あの・・・」
「なんでしょう!?」
「あの・・・」
「はい」
「・・・」
「どうしました?」
「自分、自分の事、こうやって叱ってくれる人・・・初めてナンスヨ・・・」」
「そうでしたか」
「家族も皆、離れて暮らしてるし・・・自分、仕事もしてたんスヨ!・・・けど、なかなか、上手く溶け込めなくて・・・」
「生活は・・・」
「適当に・・・バイトしたり・・・金が足りなくなると雇ってくれる、店があるんで・・・あとは、パチンコで稼いだり・・・」
「働いた方がイイですよ・・・生活をリズム化すると、身体が慣れるし、心の状態も前を向くようになる」
「はい・・・」
「あの・・・」
「はい・・・」
「ホント、マジ・・・すいませんでした」
すみませんでした・・・だろ!と心の中で思ったが、卓はニッコリ笑って見せた。
「いや、イインですよ」
男は大人しく・・・人が変わったように・・・まるで、別人のような面持ちで車を降りた。
エンジンを掛け、アクセルを踏んだ卓が、ミラ-を見ると、若い男が、深々とお辞儀をしているのが見えた。
卓はフ~っと溜息を付いた。