「良い機会だからな・・・で、卓はどうよ!」
ここまで言った以上、富山からは「あとには引かない」との気迫さえ、感じられる。
しかし、こういう時、卓は大胆に出ることの出来る男だ。
「最初は、妹のように可愛かったさ・・・実は今でもそういう感情の方が強いと思う・・・けど、いつも賢く爽やかで・・・こういう女性は、滅多に出会えるもんじゃあないと思うよ!」
髪を乾かしてリビングに戻った里奈の耳にも、卓の言葉は温かく響いている。
「で、里奈は!?」
「私もよ・・・お兄さんの親友で・・・昔から、もうひとり良き兄貴がいるって・・・そんな感じかな」
里奈の率直な答え方が、嬉しかった。
「じゃあ・・・付き合ってみろよ・・・俺が許す!」
富山の考え方、話し方は昔と変わらない。
白か黒か、行くか、戻るか・・・である。
「チャンスがあれば付き合ってみる・・・別に結論を急げと言ってるんじゃない・・・チャンスだよ!・・・このチャンスを逃すテはない・・・いつ付き合うんだ・・・いまでしょ!」
卓も里奈もクスッと笑った。
「さあ!あとは二人で話せ!」富山は、そそくさとグラスを持って、立ち上がった。
こういう時の富山は見事だ。
空気をサッと読み、サッサと立ち去ることの出来る男である。
卓はこういう富山の男っぽさが好きである。
「川浦さん・・・ごめんなさい」
「なんで、里奈ちゃんが謝るんだ」
「だって・・・両親や義姉さんまでが、責め立てる感じで・・・」
「いやあ!責められてるなんて思ってないよ・・・」
「ホント・・・?」
「ホントさあ・・・それより、僕でもイイの・・・」
「ええ!私こそ・・・私でイイんですかって聞きたい・・・」
「いや!僕にはもったいない・・・マジで!」
卓は照れ隠しにビールをゴクリと飲んだ。
卓には、痛く苦い思い出がある。
数年付き合っていた彼女が、卓のもとを去る時、言った言葉が今でも忘れられないのだ。
「ねえ!卓!アンタってさあ、ホントに何考えてんの!・・・この先どうするの・・・こういう感じでズルズル行くわけ?」
「ダメか!」
「当然よ!・・・自分のオンナにしたいの!どうしたいの!・・・私はアンタの都合のイイ女には、なりたくないし、そんなオンナにされたくもない・・・結論出せないんなら、もうこの辺で終わりにしよっ!」
その時、卓は頭が真っ白になった・・・
結局、振り返ってみると仕事が上手く行かず、行き詰まっていた頃である。
毎日が充実していない・・・結婚なんてまだまだ・・・それが卓の状態だったのだ。
歯車がかみ合わないとは、そういう事である。
決して、その時、付き合っていた彼女が嫌いでもなければ、都合よく付き合おうとも考えてはいなかった。
しかし、相手も年頃だったのである。
周囲の同僚は寿退社だ、なんだと言いながら、花束をもらい、眼をウルウルさせながら、職場を後にするのを羨ましいと思わないわけがない。
「アンタみたいなオトコ・・・二度と見たくない!」
怒りにも似た言葉を投げかけられ、卓は、かなりのショックから立ち上がれなかった事を思い出した。
卓は二度と、女性に対し「優柔不断」であってはいけない・・・と思うのだ。
好きなら好き、その気がないのなら、無いと、ハッキリ伝える事である。
「里奈ちゃん!よろしくお願いします」
卓の言葉に、里奈は座りなおした。
「私こそ宜しくお願い致します」
卓は、久々に胸躍るような「嬉しい!幸せ!」という実感を得ていた。