奈央には自信があった。
車の運転が好きであるということと、接客も決して嫌いではないからである。
結婚前、職場の電話対応や、接客も苦に感じたことがなかった。
トントン拍子に事が運び、面接から2ケ月後、奈央は2種免を取得し社内研修を終えた。
二ヶ月掛かったのには訳がある。
研修終了後、奈央は「都内の道路がイマイチ・・・」分かり辛いと告げた。
その日から約二週間、特別に添乗指導が行われ、奈央は要領を得た。
「そうか!鳥瞰と俯瞰だ!」
鳥瞰・・・バ-ドビュ-とも言い、真上から全体を見るということ、俯瞰・・・クォ-タ-ビュ-と言い、鳥瞰した後に立体的に斜めから描写することだが、この時、奈央は街全体を鳥になったつもりで「感じる」事を覚えた。
「大体、A道路はB道路と並行している・・・この道を右に曲がれば、ほぼ間違いなくB道路に出ることが出来るだろう・・・」
道と道が自分の中で繋がると、もう楽しくてたまらなくなった。
「キャッホ~全ての道はロ-マに続くのよ~」
あっという間の七年であった。
その期間、長女は短大からアパレル会社へと進み、長男もこの春から大学へと進学した。
家のロ-ンは、あと少し残ってはいるものの、返済に強迫観念はなくなった。
苦手だった都内の道も、乗客から「な~るほど!運転手さんのお蔭で、別の道、覚えちゃった!」と、喜んでもらえるようになった。
「全ては会社で、嫌な顔ひとつせず、教えてくれたこと・・・管理者が皆、優しかったこと」
回りのフォロ-に感謝している奈央であった。
その日も、いつものように車両点検と出庫点呼を終え、運転席に乗り込んだ。
時間は午前8時を回り、急な雨に街のあちらこちらで、カラフルな傘の花が開き始める。
これから数時間の勤務が続く。
その日も奈央は、先ず最寄りの駅へと向かった。
ほどなく駅構内に滑り込んだ。
比較的、車の流れは早い。
出勤を急ぐ人達で、乗車が続いている。
「イイ流れだな」
奈央が呟いた。