駅から乗り込んで来たのは、年の頃なら24、5歳の就活スーツを来た、色白の女性である。
髪をポニ-テ-ルに結わえ、うっすらとメークした顔立ちは美しく見えるのだが、奈央はどこか陰がありそうだと思った。
「ありがとうございます・・・どちらまで参りましょうか?」
奈央が明るく聞いた。
「・・・」
無言である。
「あの、お客様、どちらまで・・・」
「真っすぐ行ってください」
実務的な乗客の声に奈央が応える。
「承知いたしました」
奈央は多少、戸惑ったが、言われるがままに車を発進させた。
夜の酔った乗客はこのテのお客が多い。
「真っすぐ行ってくれ!」
こう言われて当惑するドライバ-は多い。
夜を跨いで営業する職場の先輩に、よく聞かされたものである。
「とにかく、真っすぐ行けって言うんで、真っすぐ行くと・・・突き当りだよ・・・で、お客様、突き当りですが、って言うと、バカヤロー!何、道、間違えて走ってやんでえ~!って来るのさ!」
しかし、この乗客にそんな様子は見当たらない・・・「さて、どうしたものだろう・・・訳がありそうだけど・・・」
奈央はもう一度、遠慮気味に声を掛けた。
「お客様、目的地はどちらでしょうか」
「・・・」
「お客様?」奈央は少し力を込めて呼んでみた。
「あっ!すみません・・・ここからだと東北自動車道に出られますか?」
我に返ったような女性客の問いに、奈央は少し不安気に応えた。
「はい・・・大丈夫ですが・・・」
「家が東北の宮城なんです」
「そうなんですか・・・」
「私、震災に遭って・・・仮設住宅に居たんです」
「大変でしたでしょう」
心からそう応える奈央の温かい言葉に、その女性乗客は堰を切ったように話し始めた。
宮城県の沿岸市町が彼女の出身地であること、東京の大学へと進んだが、実家の祖父が寝たきりになってしまったため、両親の動きが取れなくなり、二年間の休学届を出し祖父の介護をしたこと、やっと高台への住居移転が決まった頃、祖父が他界、大学への復学を果たし、就職活動をしているが、就職先が決まらず心が折れそうになっていること、もう就活を辞めて、故郷へ帰ろうかと思い始めていることなど・・・
これまで、乗客の事情に立ち入るという事は避けて来た奈央であったが、「ここは一言、言わなければ・・・」と心を決め語り始めた。
「ウチの娘も就活、やめそうになったんですよ」
「そんな、大きい娘さんがいらっしゃるんですか?」
「はい・・・若く見えます?」
「ええ、もう30代の初めころかと・・・」
「キャ~嬉しい!お世辞でも!」
「お世辞なんかじゃあ、ありません」
やっと、その女性は笑顔を見せた。
「ウチの娘は、面接を20数ヶ所受けたんですよ・・・初めは、大手の保険会社ばかりにピントを合わせようとしていたみたいでね・・・面接を終えて帰って来る度、お母さん、当分フリーターで過ごすわ!って・・・」
「ええ、私の友人たちも数十ヵ所、面接に臨んで折れそうになっている人、かなり居るんです」
「故郷に戻って何か、おやりになりたいことって、あるんですか・・・」
「これといって・・・」
「そうですか」
「弟と妹がいるんで、早く私が就職しなきゃあいけないんですけど・・・」
「大変ですね・・・今日は何処へ行く予定だったんですか?」
「不動産会社なんです・・・でも、車内アナウンスでこちらの駅名を聴いて、吉永小百合さんの映画が撮影された街だ・・・って思ったら降りて見たくなったんです・・・もう面接なんかいいやって・・・諦めたんです・・・でも、駅を出ながら、どうしよう・・・行こうか、戻ろうか・・・って思っていたら、私の乗車順が来たんで、もうどうでもいいやって・・・」
奈央は「相当、心が疲れているんだ・・・きっと!でも、どうして東北自動車道を指示したんだろう・・・なんか、もっと他の理由がありそう・・・」と心の中で、思いながら応えた。
「自暴自棄は、つまらないです」
「・・・」
「私もまさか、自分がドライバ-やるなんて考えもしませんでした・・・でも、生活があるのでね・・・」
「・・・」
「今は、親である事、妻である事、職場で働く事、放棄しなくて良かったなあって思ってます」
「放棄・・・ですか」
若い女性客が呟いた。