「川浦さんですか?」
携帯から響く良く通る声・・・
声の主は飯田橋で、別れる切れるのと、スッタモンダした、あの鈴木賢哉である。
「ああ!鈴木さん!」
あの後、鈴木は卓を2度ほど、飲みに誘っていた。
話をまとめてくれたお礼と、今後、友人としての付き合いをして欲しいと言われた事から、卓は快く承諾し、何度か小料理屋で、一緒に飲んでいる。
「川浦さん・・・僕らの結婚披露宴・・・待ってますから・・・」
「モチロン、行きますよ!楽しみにしてます!」
「11月16日ですよ!忘れないでくださいよ!」
「忘れません・・・参加のハガキもお送りしましたから・・・」
「それと、川浦さんの披露宴にも、必ず参席致しますので・・・」
「はい!これも楽しみにしております!」
「じゃあ!土曜日!綾子も宜しくとのことです!」
「はい!承知致しました・・・わざわざ、ありがとうございました!」
卓は携帯を耳に付けたままお辞儀をした。
田中が教えてくれたこと・・・「受話器を持ったまま、お辞儀をすると、気持ちが相手に伝わる・・・」
その通りだと思う。
鈴木の妻になる川山綾子・・・「まっすぐ行って!」と、酔った勢いで語気を荒げた彼女!
車中では泥酔のまま、吐いたり眠り込んだり・・・
ひどく酔った乗客の殆どは、タクシーの中で、他では見せない顔を突き出してくる。
何故だろう・・・初めは不思議でたまらなかったが、最近になりよく分かるようになった。
人は弱い・・・しかし、その弱さを見せたくはない・・・
タクシーの中では「客としての自意識」つまり、「金を出している」との思いが、酔いを借りて、強気になったり虚勢に繋がったりと、様々である。
人は皆、「認めてもらいたい」との意識を持っている。
ドライバーが相槌を打つことで、乗客の気持ちは膨らむのである。
しかし、綾子も酔いが醒めると普通の女性なのだ。
それも竹を割ったような、ハッキリモノを言う、明るく頭脳明晰な女性である。
綾子と賢哉・・・卓は、この二人を愛おしくさえ思う。
先程のサエコも余程、寂しいのである。
タレント事務所に勤めているという話がウソであることは、とうに分かっていた。
しかし、ドライバー達は、それなりに相槌を打つのだ。
それが、嬉しかったのであろう。
「彼女も幸せになって欲しいな」
卓は心から、そう望むのであった。