次の日、田中は既に出勤し窓口業務に付いていた。
点呼を受け点検を済ませ、出庫した卓に直ぐ無線が入った。
迎え先は、時々、呼ばれるマンションである。
程なくマンションに到着すると、年の頃なら30前後の女性がキャリーバックをひきながら玄関口に出て来た。
「お名前は・・・」と聞くと「近藤」と答える。
卓が行先を聞く前に「羽田」と言い放った。
間もなく女性客はタバコを出しライターに火を点けた。
「お客様、申し訳ございません!車内は禁煙となっておりますので、ご理解くださいますか」
近藤と名乗る女性客は、フ~ッと、煙を吐き出し「あら、そう」と言い携帯の灰皿を取り出しもみ消した。
「タクシーの中くらい、ゆっくりタバコをふかしたいものだわね」
「申し訳ございません」
「申し訳ございませんか・・・ねえ、1本だけ吸っちゃダメ?」
「はい・・・申し訳ございません」
「頭!堅いのね!イイワ!我慢します!」
「申し訳ございません」
「そればっかりね・・・」
自分勝手な客はいるものである。
しかし、この乗客は「まだ何か、起こしそうだな」と、卓は直感した。
「ねえ~」
先より甘ったるい声を出してきた。
「はい」
「帰りが今度の金曜なの・・・駅前のファミレス前で、待っててくれるかしら」
「何時頃でしょうか」
「夜の10時頃でイイワ」
「かしこまりました・・・もし、私がお迎えに伺えなくても、他の車を待機させますので、ご安心ください」
「ダメ!」
「エッ!」
「ダメ!アナタでなくては嫌なの」
「はい!?」
「アナタがイイの」
「承知致しました・・・時間を調整し、お待ち申し上げます」
「アリガト」
女性客がフフと笑った様な気がした。