「本当にありがとうございます」
「どういたしまして!」
「田中係長と出会わなければ、世間を分からず、人を分からず、ひとり悶々としたまま過ごしていたと思います」
「実は、僕もそうだったんだよ」
「え~そうなんですか!?」
「ああ・・・親と上手く行かず、家を飛び出して自活を始めたんだが、苦しかったなあ」
「生活が・・・ですか?」
「いや、プロボクサーになりたかったんだよ」
「で?・・・」
「脇目も振らず・・・頑張り過ぎたんだな・・・身体を傷めてしまったんだよ」
「骨折か何か・・・」
「ああ、それは毎度のことだったが・・・アキレスをやっちまったと思ったら、次は靭帯・・・その次は肩・・・・・・次から次だった」
「お辛かったでしょう」
「辛いと言うより・・・ああ、これは辞めろと言われてるんだなあと・・・ね」
「それでこの世界に?」
「いやあ、ボクシングを捨てる事など出来ずに悶々としてたなあ・・・でも結局、辞めてトラックに乗ったよ」
「・・・」
「金にはなったがね・・・事故っちまった」
「そうだったんですか・・・」
卓はそれ以上、聞くことが出来なかった。
「こんなに男らしく、冷静で、物事に動じない人が・・・様々な試練を乗り越えて来たんだ」
どんな人でもキッカケがあり、そのキッカケをどう活かすかで、活路が開ける。
卓は田中との出会いが自分を成長させ、この職場で過ごした時間が人として、男としての経験値を高めてくれたと感じている。
その思いは、これからも変わる事はないだろうと思った。
「田中係長!これからも付いて行きます!」
「ありがとう!早く追いついて・・・追い越して行けよ」
「追い越すだなんて・・・」
「いや!追い越してもらわねば困る・・・」
「・・・」
「大切なのは理論武装だ!」
「はい」
「法令で武装する!これだよ!この世界で一番に大切な事だ」
「はい」
卓はこれからの自分の姿を思い描いていた。