「痛い!イタタタタァ~」
現場に駆けつけて見ると、年の頃なら50代前後の男性が倒れ込み「痛い痛い!」と叫んでいる光景が飛び込んで来た。
乗務員は昨年、入社した浜島で、困惑しきった様子で立ちすくんでいる。
「大丈夫ですか!」
倒れ込んでいる男性に声を掛けた。
「大丈夫か、そうでないか、見れば分かるだろ!」
「浜島さん!警察と救急車は!」
「それが・・・」
浜島が口ごもった。
「警察はやめてくれ!わずらわしい!」
「じゃあ、先ず救急車でも!」
「いや!行きつけの病院があるから・・・」
「では、そこへお連れします」
卓が言うと「いいんだ!いいんだ!」と呻きながら男性が答えた。
現場は駅から数百メートル離れた商店街のど真ん中である。
傍を通る人は「何事か!」と一旦、視線を移すが、係りたくないのか、足早に通り過ぎた。
「イエ、こんなに痛がっておられるのに、先ずは病院へ!」
卓が男性の肩に手を掛けると、「イタタタタ~!」と叫んだ。
「分かりました!やはり警察と救急車を呼びます」
卓は毅然とした表情で携帯を取り出し、先ず救急車の要請をし、警察へ連絡をした。
男性は横目で卓を睨み、「チッ!」と舌打ちをした。
卓は全てを理解していた。
「アタリヤだ」と確信した。
商店街の中では、時々、こう言う事がある。
卓は浜島に耳元で囁いた。
「落ち着きなさい・・・大丈夫だから」
昔、バイクとの接触事故を起こし、呆然としていた時、田中から声を掛けられ落ち着きを取り戻した事を思い出した。
「あの時の自分みたいだ」
数分後、パトカーが到着した。
状況説明を行うと「分かりました・・・先ず、目撃した人がいないかですね・・・」と若い警官が答えた。
直ぐ近くに衣類雑貨の店がある。
卓は警官と駆け込み店主に聞いてみた。
「いや、見てなかったので・・・」
そっけない返事が返って来た。
「多分、目撃証言を避けてるな」卓は思う。
店を出る頃、サイレンを鳴らし救急車が到着すると、男性を乗せ始めた。
卓は警官に全てを話した。
「先ず、病院で検査してからですね」
卓はそのまま、浜島を促し、警察へ同行し、事情聴取に立ち会った。
警察を出て来ると日は暮れはじめている。
「浜島さん・・・商店街では徐行、また徐行・・・それと、周囲を良く見ることです・・・人が通り過ぎる時は停まる事です・・・クルマ、動いていたでしょ」
「はい」
「向こうから、巧妙な当たり方をして来ますからね・・・」
「・・・」
「今日は、社に戻り報告し、あがってください」
「はい・・・」
「警察からの連絡を待ちましょう・・・今は、そうするしかないですね」
「こんな事ってあるんですね・・・」
「ええ、あります」
「なんて、こった・・・」
「とんでもないと思うでしょ」
「はい」
「私達は常に賢く!強く!逞しく!・・・」
「私は、そんなに強くはない・・・」
浜島が肩を落とした。
「ショックは分かります」
「・・・」
「でも、負けちゃあ駄目です」
卓が言うと「フゥ~」と溜息を付く浜島の眼にうるむものがあった。