里奈との挙式は11月の24日の日曜と決まった。
『ラ・セゾン』のオーナーは協力的で好意的である。
「ありがたいことだ」と、卓は感謝した。
皆が「川浦は常に前向きで一生懸命だから、周りが理解してくれるし、愛されている」と評価していた。
しかし、卓は「一生懸命」この言葉が嫌いであった。
若いころ、どんなに努力しても報われた事が、なかったからである。
提出する書類を投げつけられ、「この仕事、向いてないんじゃあないのか!」と決め付けられ、『月給ドロボー』とまで囁かれた事もある。
それもこれも直属の上司の一言から始まっていた。
恵まれないことの連続・・・仲の良かった同僚も上司からは睨まれたくないとの思いから、一人、また一人と卓の傍から離れて行った日々・・・
世間の風の辛さ、厳しさを前の職場の上司から、イヤと言うほど、教わった。
と言うよりは、思い知らされたと言うべきか・・・
後で、その上司が語ったという。
「アイツを見ると大学時代、嫌がらせをされた先輩を思い出す・・・ソックリなんだ・・・」と。
「そんな理由で、自分は嫌われていたのか・・・」
唖然としたというより、バカバカしかった。
「そんな人物を管理者として雇う会社も会社だ」
卓は、辞めて良かったと思う。
結局、タクシー会社で、今は主任の職にあるが、自分は真っ直ぐに人を評価しようと思っている。
これからもその思いは変わらない。
タクシードライバー!
この仕事は、過酷である。
身体と心のバランスを上手く保ちながら、目標額を達成する。
強く逞しく、そして賢くなければ務まらない仕事である。
それだから「面白い!」卓はそう思っている。
この仕事を定年まで続けるか・・・それはまだ、決めてはいない。
決めない事にしたのである。
今は、ひたすら走りたい!そう思う。
一日、一日が充実しているし、感謝の心で、今後も働き続けたい。
20代の頃、勤務していた不動産関係の職場で、卓をイヤと言うほど、いたぶり続けた例の課長は、その後、内部不正が発覚。
懲戒処分となった事を風の便りで耳にした。
しかし、卓は「いい気味だ」とは思わない。
天罰だとは思うが、「可愛そうに・・・」と思う。
結婚を機に卓は今までの自分を省みようとしていた。