会社で時間が合うと、卓は並谷と敬語のトレーニングに励んだ。
「お客様!道順を教えてくれますか」
「並谷さん!教えてくれますか・・・じゃあなくて、教えて頂けますか・・・又は、お教えください」
多少、文法的でなくとも、それらしく聞こえるように教えた。
「舌噛みそうだ」
「そうですね・・・でも慣れですよ!慣れ!」
「ああ!分かってる・・・」
「少し、休みましょうか!」
「いや!大丈夫だ!」
並谷は何かを悟ったに違いないと、卓は思った。
「みんな、並谷さんの事、人が変わったみたいだって言ってます」
「ああ、知ってる・・・中には、からかって来る連中もいるからな・・・」
「気にならないんですか」
「気にしてたら、自分が変われないだろ・・・」
「そ、そうですね・・・」
「そうさ!自分が先に変わらなければ、ナンも変わらねえ~そう言ってくれたのは、オメエだ・・・」
「そうでしたね・・・」
「そうさ・・・この齢でそれに、気付いたんだ・・・言葉が荒っぽいと、それだけで、人から見られる角度が違ってくる・・・それに腹立てて、余計、荒っぽい口調になる・・・丁寧だと、自分の人格ってヤツがさあ・・・上がるような気がする」
「そうですね!丁寧な言葉を連続で遣われて気を悪くする人は、いませんからね・・・それに、言葉遣いが丁寧だと、それだけで、大切に思われている感じがするでしょ・・・」
「そこだよ・・・けどヨォ・・・」
「はい」
「いくら丁寧な言葉、遣っても、いんぎんすぎるのも、良くねえ・・・言葉には、温かい口調って言うもんがあらあ~・・・声が明るくないとな・・・」
「そうなんですよ・・・特に酔っている方に、いくら敬語使っても、落ち着き払った言い方すると、何、気取ってやがる・・・って来る場合が多いですから・・・」
「それだよ・・・敬語、遣いながら、乗客のテンションに合わせるってことだィ・・・」
「ええ、その通りです・・・落ち着き払った敬語って、夜のお客様には、バカにしてるのか・・・って受け止められる・・・けど、テンションなんて言葉、知ってるんですね」
「バカにすんなィ~昨日、覚えたばかりヨ!」
二人が声を揃えて、楽しそうに笑っているのを見て、休憩中の仲間が、集まって来た。
ひとしきり「敬語の必要論」が花咲いた事は、言うまでもない。