帰庫時間まで、一時間となった。
卓は法定就労時間を有効に使いたい。
「少し、走ろう」
運よく無線が入った。
今いるところから、離れてはいるものの、無理な距離ではない。
しかし、この距離からすると「二番手で入ったか、或いは近くを走行している車両がいなかったか・・・」
卓には、おおよその見当が付くようになっていた。
案の定、指摘されたコンビニの前では、年の頃なら20代後半と、おぼしき男性が、険悪な表情で立っていた。
「お待たせいたしました」
ドアを開けるや飛び込むような勢いで、入って来た乗客・・・
「オイ!お前ら!何、考えてんだ!・・・客、ナメテンノカ!」
「申し訳ありません」
「ナニが!!ナニが申し訳ないのか、オメエ!分かってんのか!」
「無線で指示を頂いた場所が、ここから離れた処でしたので、多分、お待ちいただいているだろうと思いました!この近くに当社の車が無かったために、配車されたのではと・・・」
「何言ってんだ!・・・さっきここを、オメ~とこの車が、通って行ったんだよ!なんで、それをこっちに差し向けねえんだよ!ザアケンナ!」
「申し訳ございません」
「あ~ムナクソ悪りイ!・・・このクソ暑い中で、20分待ってたらおかしくもなるだろ!」
「ごもっともです!」
「オメエじゃあ話に、なんないな!会社連れて行け!やってることがシッチャカ、メッチャカ!」
「なにぶん、コンピューターが、おこなっている事ですので、これ以上の判断は無線営業部でも、難しかったと思われます」
「ナニがコンピューターだ!コンピューター操作は人間がしてんだろ!」
「お待ちいただいた分は、値引きさせて頂きますので、ご容赦願えませんでしょうか・・・ホントに申し訳ございませんでした」
「・・・」
会社に連れて行けと言う乗客には、様々なタイプがある。
ひとつは、金銭目的、ひとつは説教しなければ気が済まないタイプ・・・
しかし、会社に乗り込んだところで、会社では一銭も出さない・・・というより、出せないのである。
タクシー会社は売り上げの7割から8割が人件費である。
燃料はガスだが、その殆どが中東からの物であるため、為替が付いて回る。
残りの2割で、会社を回すのは、至難のワザだ。
台数が多ければ多いほど経営上の負担は大きくなる。
規模のある会社だからと言って、金回りがイイと言うわけではないのだ。
それより、自力で謝罪し、誰にも迷惑を掛けたくない。
卓は粘った。
「わかったよ!じゃあ!とにかく!クルマ出せ!」
「はい」
卓はアクセルを踏んだ。