綾子の相手が努めているビルは、神楽坂、毘沙門天を右に見ながら坂を下ったところに建っている。
飯田橋から進行して、卓は綾子の指示通り、ビルの前で車を停めた。
「川浦さん、近くの駐車場で待っててくださいます?」
「承知しました」
卓は教えられた駐車場に車両を停め、綾子を待った。
ほどなくすると、綾子が戻って来たが、後ろには、すらりとした優男タイプの、年の頃なら40前位の男が付いて来るのが、眼に飛び込んで来た。
「川浦さん、車の中で、話しててイイですか?」
「はい、どうぞ」
卓が答えると、男性は「失礼します」と、乗り込んだ。
綾子が、コホンと咳払いをし、話し始める。
「今日、先までお見合いでした・・・狂言ではありません・・・川浦さん!証明してください」
「あっ、間違いありません!私が新宿の京央ロイヤルまで、お送りしました」
「私、お断りして来たの・・・まだ、アナタと別れたわけじゃあないのに、お見合いするなんて、やはり、それは出来ないと思ったからなの・・・」
「・・・」
男性は黙っている。
「あの・・・」
卓が声を掛けた。
「ボク、近くで待ってますから・・・」
「いえ、居てください」
綾子が語気を強めた。
「かしこまりました」
卓は「さあ!エライこっちゃあ~」と心の中で、溜息を洩らす・・・
「アナタが結婚に踏み切れない理由を聞かせてください」
「・・・」
「アナタには結婚の意思がないの?」
「・・・」
「どっちなの!答えて!」
「・・・」
「男でしょ!」
綾子が畳み込むのを聞いて、いたたまれなくなった卓が、声をあげた。
「川山さま!・・・やはり、出ています」
「イイの!いてちょうだい!」
「ハイ!」
卓は困り果てた。
これは内輪の話、男性が話せるわけがない・・・
しかし、次の瞬間、男性がその重い口を開いた。
「キミのそういうところが、イヤなんだ」
「なんですって!」
「そういうところだよ・・・優しくなくなるんだ・・・自分の思い通りにならないと、直ぐ語気を荒げる」
「語気を荒げる?」
「ああ・・・」
「アタシは、ただ自分の気持ちを伝えてるだけよ」
「いや、違うよ・・・相手の気持ちはお構いなしさ・・・」
「それって、アナタのヒガミじゃないの?」
「何のヒガミ!?」
「それは・・・」
「言ってごらんよ・・・僕がキミに何を、ひがんでるって言うんだ!?」
「・・・」
「キミに対するヒガミなんてないよ・・・あるとしたら・・・」
「あるとしたら!?」
「あるとしたら、僕よりキミの方が、稼ぎがイイってこと位かな・・・」
卓の予想通りである。
「あるとしたらって、あるじゃない!自分で言ってるじゃない!」
「だけど、それが、直接の原因じゃあない・・・しいて言えばってことだよ」
「しいて言えばって・・・それが原因のように聞こえるけど!」
「分かった!これ位にしないか!」
「ナニが、分かったの!こっちはお見合い、断って来てんの・・・ここで決めましょ!」
「決めるって?」
「結婚か分かれるかに決まってるでしょ!」
「それは唐突過ぎるよ!」
「ナニが唐突よ!私、待ちました!5年!5年もよ!!このままじゃ、お婆ちゃんになるだけでしょ!」
「フ~ッ」と男性は溜息を洩らした。