「ありがとうございました」
1ヶ月に及ぶ入院だったが、卓には今までの自分を省みる絶好の期間であったように思える。
お世話になった医師や看護師の見送りを受け、母親に付き添われた卓が、深々とお辞儀をした。
玄関先には田中のタクシーが、待ち受けている。
「田中主任!すみません!」
卓と母親が礼を述べると「いやあ~ナンノナンノ・・・」
「先輩!ナンノようこじゃあ、ありません!」
卓がツッコミを入れると、笑い声がはじけた。
「お母さん!良かったですね・・・これくらいで済んで・・・」
走る車中で田中が言うと、「ホントに・・・もう一時はどうなる事かと思いました」
母親の返事に田中が答えた。
「卓!親ってありがたいだろ!?」
「ええ・・・迷惑ばかり掛けて来たんで・・・これからは親孝行します!」
卓が言うと母親が、口をとがらせた。
「結婚!先ず結婚よ!今まで、余り言うと、本人が嫌がるから、ガマンして来たけど、今度と言う今度はもうダメ!お見合いさせるからね!」
「お母さん!いるんじゃあないでしょうか!?」
田中の言葉に母親が驚いた。
「え~卓!アンタ、いるの?」
「さあ~」
卓は顔をそらし外の景色に目をやった。
鮮やかな緑が風に揺らいでいる。
「あ~生きてるんだ」
卓は嬉しくなった。
「お母さん・・・卓自身が報告すると思います・・・今少し、待ってやってください」
「ホントなの!卓!」
母親はバッグからハンカチを取り出し、涙をぬぐった。
「お母さん!目から汗出してるん?」
卓がからかうと、母親が声を上げて笑った。
「どこの人なの!どんな人?いつ知り合ったの!何してる人?いくつ?」
「お母さん!質問はひとつずつ!」
卓が促すと「お父さん、喜ぶわよ~お婆ちゃんだって!・・・あ~嬉しい~!」
母親の笑顔に、卓は胸があつくなった。