夕方には富山が訪ねて来た。
「驚いたよ!」
富山はベッドの傍の椅子を、手繰り寄せて座った。
「すまん・・・忙しいのに・・・」
「イヤア・・・イイんだよ・・・里奈から病状は聞いているが・・・」
「うん・・・回復までには、時間が掛かりそうだ・・・左手のシビレもリハビリが必要だし・・・」
「ああ・・・それで、結婚前提の話は解消って言われた事も聞いた・・・」
「そうか・・・」
「アイツ・・・ああ見えて、一度決めた事は、曲げないタイプだからな・・・」
「ウン・・・申し訳ない」
「アイツの事を思っての事なら、気にするな」
「そういうわけにはいかんだろう・・・苦労する為に嫁ぐなんて・・・」
「ハハ~確かに・・・けどなあ、苦労しない結婚なんてないぞ・・・」
「・・・」
「みんな、何かしらの事情を抱えてるものだよ・・・」
「分かるよ・・・しかし、人間、本質的には自分の事で、精一杯というのが、正しいような気がするが・・・」
「それも分かる・・・しかしだ・・・人を助けることで、自分が救われることもあるんだ・・・違うか!?」
卓はハッとした。
母親がそうである・・・
「お婆ちゃんのお世話するのが、生き甲斐なのよ・・・」
母は良くそう言っていた。
しかし、それは自分を励ますための言葉だと思っていたのだ。
「卓!考え過ぎるなよ・・・里奈はお前に嫁ぎたいんだよ・・・」
「・・・」
「要は愛だよ・・・ハハ~」
「愛・・・か!?・・・疲れる愛もあるからなあ~」
「アイツは大丈夫!どこまでも付いて行くさ!」
「こんな俺でもか・・・」
「アイツはさあ、お前がタクシ―ドライバ-をイヤイヤ、やっているんなら、ここまで思わなかったろうよ」
「・・・」
「男が信念持って、やってることに、女は弱いさ・・・勿論、生活も成り立って行かなきゃあな…ある程度は」
「男のロマン・・・か?」
「いや、アイツは何でも一生懸命な男が好きみたいだ・・・」
「一生懸命か・・・」
「そう!お前の一生懸命に惚れてるんだよ・・・きっと!」
「・・・」
「卓!リハビリ!懸命にやって里奈に苦労かけずにすむようにすれば、問題は残らない・・・」
確かにそうである。
治療とリハビリを頑張って、その結果を置いて考えるのも、卓は一考だと思った。
今までの自分は、里奈に苦労させたくない一心で、『交際解消』を思い続けていたが、治療に専念し、必ず良くなって見せるといった気迫に欠けていた。
「わかった・・・ありがとう・・・頑張るよ」
「そうさ!頑張るのが一番、お前らしい!」
大学を卒業したばかりの頃は、まだ人を理解することが出来ずにいた。
上司からは苛められているとばかり、思い込んでいたが、もしかするとあれは単なるいじめではなく、なんとか鍛えようとショック療法を考えてくれていたのではないか・・・
しかし、直属の上司からのモノは、間違いなくイジメだった・・・
要はそれらを、全て「人生の師」とすることが出来るだけの精神力があるか否かだ・・・
夜の乗客の中には、イジメと見られる出方をする人もいた。
しかし、「ここでへこたれたのでは成長が無い!」と、皆、頑張るのだ。
卓は、富山に微笑んで見せた。