不思議な光景である。
どう見ても葬儀が、執り行われている祭壇に飾られているのは、自分の遺影である。
「数年前に、厚生部で行った海水浴での写真だ」
震災前の最後の海水浴・・・
「どういう事なんだ・・・もしかして、死んだのか・・・自分が!?」
祭壇の前でご焼香する人達・・・沢口社長とその夫人、翔太や翔太のお母さん、酔っ払って「真っ直ぐ行け!」と怒鳴った川山さんまでが、手を合わせている・・・
卓の家族は、皆ハンカチで顔を覆い、鳴き声が嗚咽に変わった。
「ウソだ!・・・嘘だ!これは夢だ!」
卓は何度もそう言い聞かせた。
しかし、この現実感はなんだ!
隣の部屋では里奈が激しく泣き崩れ、傍で富山とその夫人が、慰めている。
「里奈!もう泣くな!あんまり泣くと、川浦は・・・卓は・・・未練が残って旅立てない・・・」
富山の慰める声が、鳴き声に変わった。
「私が・・・川浦さんと、くっ付けようとしたばっかりに・・・里奈ちゃんが・・・こんな苦しい目に遇ってしまって・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・うう~」
富山の夫人が、激しく泣き始めた。
「キミのせいじゃあない・・・俺だって、川浦が義理の弟になってくれればと・・・」
富山が、ハンカチで顔を覆った。
「信じられない!」
卓は「俺はここにいるぞ!・・・里奈ちゃん!富山!」
そう叫んだが、声は届かない・・・
卓は葬儀が営まれている部屋に戻った。
「お父さん!お母さん!ここだよ!ここ!俺はここですよ!」
彼らの前で必死に叫ぶ卓に誰一人、気付く者はいない・・・
そのうち、葬儀は出棺となり、皆が花をたむけながら、激しく泣きはじめた。
「卓!あんた!親より先に行くの!?ホントに行くの!・・・ここまで育てて来たのに・・・卓!」
母親が棺にすがって、泣いている。
父親は目を真っ赤に泣き腫らし、立ちつくしていた。
厳しいだけの父親・・・しかし、今、ここで泣いているのは、別人のように弱々しく見える老人のようだ。
卓の妹は、静かに眠っている卓の頬を何度もさすっている。
「おにいちゃん!おにいちゃん!」
幼いころ、いつも卓の後を追い掛けて来た可愛い妹・・・
母親と交代で、祖母の介護を文句や弱音ひとつ言わずに、頑張っている妹・・・
「おじちゃん!おじちゃん!」
翔太が、声を上げて泣き始めると、翔太の母親は、翔太をしっかり抱きしめ、嗚咽を繰り返している。
卓の魂が、浮遊している。
「俺はここです!田中さん!泣いている場合じゃあないでしょ!・・・俺はここにいる~!」
田中は口を真一文字に結び、うな垂れたまま一輪の花を棺に手向けている・・・
「やめてくれ~俺は!俺は死んでなんかいない!!やめろ~!!」
卓の叫び声は誰にも届かなかった。