誰も傷付くことなく、事件は終わった。
その後、卓は警察で事情聴取を受ける為、事件が発生した市内の警察署に戻らなければならなかったが、それも致し方ないことである。
数時間に及ぶ、聴取の間、卓は落ち着き、一つ一つを正確に語った。
余り大袈裟になってもいけない・・・かと言って、事実を端折って(はしょって)告げるわけにも行かない。
この間、田中も聴取を受けたが、卓より早めに終わった。
田中は一旦、社に戻り事件の全容を報告し、明け方、卓を迎えに行った。
田中には整備工場の主任が同行したが、卓を少しでも眠らせてやりたいとの、上司としての配慮からである。
警察署の駐車場で待っていると、暫くして卓が出て来るのが見えた。
「おう!」
田中が手を振ると卓は、笑顔になった。
「すみません!」
「なんのなんの!なんのようこ!」
田中のオジンギャグには「笑わなければいけない!」との『鉄則』がある。
「フフ・・・」と笑ってみせる卓の表情は柔らかい。
「田中さん!それ、みなみのようこ・・・ですよ」
生真面目な整備工場の鈴木主任が、ツッコミをいれる。
「はは~そうとも言うな~」
日頃、冗談とは程遠い、田中が一生懸命、卓を和ませようとしているのがわかった。
「田中先輩・・・ホントにありがとうございます」
「いいや!冷静に対応できたアナタはヒョウショウジョウモノです!」
田中は卓の心に残るトラウマを、少しでも軽くしようと一生懸命である。
卓の営業車両には整備の鈴木が乗り、田中の車両に卓が乗り込んだ。
「疲れたろう!」
田中が差し出すペットボトルのお茶で、喉を潤すと卓は、「ふ~」とひと息吐いた。
「あの人、どうなるんでしょう」
「さあな・・・出所して直ぐこの騒ぎだから・・・甘くはないな・・・きっと・・・」
「あの人、もう一度、戻りたかったんだと思います」
「ムショにか!?」
「ええ・・・なんだか、捨ててるようなところがありました」
「捨ててるだろう・・・」
「けど、そんなに悪い人には思えなかったんですよ」
「ほう~」
「真面目に働いていた・・・もうそれをヤメタ!ってこと何度も繰り返してました・・・」
「どちらにしても、この騒ぎだ・・・それは許されることではないさ」
「ええ・・・」
「・・・どうした!可哀想か!?ヤツが・・・」
「はい・・・立ち直ってくれればイイですけど・・・」
「ホント、人がイイよな・・・なんでだろう・・・」
「先輩!自分はこの仕事・・・キツイですけど、好きです」
「ああ、それは分かる・・・」
「ホントに天職があるとするなら・・・まさしくそれです」
「なるほどな・・・暮らして行くために、この仕事に就いている連中が殆どだからな・・・」
「夜の酔ったお客さまにもしんどい思い、随分させられましたけど・・・今日の事を考えれば・・・どうってことないですよ・・・」
「確かに・・・どんな仕事にもクレームや、今回のような事件はあり得る・・・俺もイイ勉強したよ・・・」
「はい!でも、自分の携帯から流れる会話を先輩が聞いていてくれなかったら・・・どうなっていたでしょう」
「さあな!・・・その時は、川浦の事だから相手をぶん殴ってでも、取り押さえていたと思うぞ・・・」
「いいえ~逃げてましたよ」
「そう!逃げなきゃあダメだぞ!」
「ハイ!・・・でも先輩!」
「なんだ!」
「自分は、女だったら、田中先輩のヨメになっていたと思います!」
「キモッ!・・・発想がそうなるか!?」
「なりますよ~!」
「川浦が女装したとこ想像したぜ~キモチ、ワル~」
「だから・・・女装じゃなくって!もし女だったらって言ってるじゃないですか!」
「ん~まあ、イイ女だろうな」
「でしょう!?」
「どちらにしても・・・やっぱりキモイワ~考えられない!」
「アハハハ~!!」
二人の笑い声が明るく響く走る車に、太陽の光が、惜しげもなくサンサンと降り注いでいた。