男はすぐさま、立ちあがろうと、必死にもがいたが、屈強な腕が、男の上半身をねじ伏せた。
ナイフを握っていた腕は、もう一人の警察官が足で抑えている。
まさしく数秒の間の出来事である。
「この野郎!放せ!放せ~!」
男の叫び声が、辺りに響き渡る。
「観念しろ!」
ねじ伏せた警官が、わめき散らす男に言い放った瞬間、その腕にカチャリと、手錠が掛けられた。
「チックショ~!テメエら!・・・」
起こされた男に、すぐさま逮捕状が言い渡されるのを、卓は唖然としたまま聞いていた。
こんな場面に遭遇するとは・・・
卓にはこれまでの一時間が、夢のようにも感じられる。
ハタと我にかえった卓は、連行される男の後を追い話し掛けた。
「少しだけ、話させてください」
卓が頼むや、周りは足を止めた。
「短めに!」
一人の警官の声に、卓は頷いた。
「ホントに事件を起こしたくて、こんなことした訳じゃあないですよね!?」
男はキツイ視線を卓に向けた。
「もとの真面目な貴方に戻ってください・・・どんなことがあっても、自分の人生です!・・・他人の人生じゃあない!・・・苦しくても!辛くても!まっすぐ生きるという事は、心がそれだけで軽くなるんです・・・明るくなれるんです!・・・必ず!立ち直って下さい!」
「フン!・・・なんだ、オメエ!」
ヤサグレタ男の返事が、卓の胸にささった。
「今度、出てきたら、お客様で・・・乗ってください!・・・待ってますから・・・」
卓の言葉に男はまた「フン!」と鼻を鳴らした。
「乗れ!」と促された男は、抵抗する様子もなくパトカーに乗り込んだが、表情は激しい憎悪の念で曇っている。
「誰を恨んでいるんだろう・・・」
卓は悲しい気持ちになった。
いつしか、周りにはかなりの人だかりが出来ていたが、一際大きな田中が微笑んでいる。
「田中先輩!」
卓は田中に駆寄った。
「おう!」
田中は卓を強く抱きしめた。
「良かった!良かった!間に合って!」
「田中先輩のお蔭です!」
「イヤ・・・落ち着いた対応が良かったのさ!・・・特にトイレに入ったのは正解だったぞ!」
「・・・」
卓は田中の腕に支えられ目頭を熱くした。