すれ違いざまに、田中が数回、眉毛を上下させた。
「大丈夫か!」と問いかけるように・・・
卓は涙がこぼれそうになった。
グッとこらえ、男のなすがままになっている・・・
「どこだ!俺の乗る車は!」
「すみません・・・その前にトイレに行かせてください」
「トイレ!?」
「はい・・・」
「イイだろう・・・おかしな真似すると、承知しないぞ!」
「分かってます」
「このまま歩け!」
鋭いナイフの先端は、卓の脇腹に突き付けられたままである。
突き放して、逃げるか・・・大声を出すか・・・卓は考えた。
どちらも可能なような気がする。
しかし、突き放して逃げたところで、男はまた、誰かを人質にとるであろうことは、容易に推測できる。
大声を出したとて同じことだ。
トイレの中には男たちが2、3人。
「すみません!大きい方なんです」
卓が小声で言うと、「ダメだ!」と、にべもなく返事が返って来た。
「すぐ終わりますから・・・」
「ダメだ!」
「我慢できないんです・・・」
「それじゃあ、一緒に入れ!」
男は一番奥の、トイレを顎で、しゃくった。
仕方ない・・・とにかく、用を足すフリをしなくては・・・
男が鍵をかけると「すみません・・・落ち着かないものですから、ちょっと、横か後ろ向きにお願いします」
男が少し、横を見る・・・
卓はズボンをおろし、用を足すフリをした。
何ともハヤ、奇妙でおかしな光景であるには違いないが、仕方ない。
数分の時間が流れた。
「すみませんでした・・・」
水を流す・・・男が卓を前に立たせ、鍵を開ける。
ナイフは、腰のあたりにあたった。
ドアが開いた。
用を足している男が、数人・・・
出口に向かおうとするその時、用を足していた一人の男が、犯人の背後から首根っこを引っ張ると、床に引きずり倒した。
「警察だ!」卓は心で叫んだ。