「お客様!冗談はやめてください!」
刃物は喉元に突き付けられたままである。
「ジョ-ダンなんかじゃあねえよ!これで支払いの代わりにするって言ってるんだ!」
サングラスの奥で男の目が光った。
「わかりました・・・どうぞ、このまま降りてください・・・料金はいりません」
「アリガトヨ!じゃあ、降りる前にその料金バッグを置いていけヨ!・・・それとこの車、途中まで借りるぜ!」
「それじゃあ、自分が運転します・・・制服も来ていない人が運転していると、怪しまれます・・・どんな事情かは存じませんが、あなたが目的地に行けるよう、必ず無事に送りますから・・・」
「ほう!俺が無事に行けるよう・・・ってかあ!兄さん!イイ度胸じゃあねえか!・・・いいだろう!送ってってもらおうじゃん!・・・その代わり変な真似すんなよ!わかってっかあ!」
「わかりました」
卓はアクセルを踏んだ。
料金バッグを渡し、車を降りて先ず身の安全を確保すべきであろう事は承知しているが、どうしても、この売り上げを渡すわけにはいかなかった。
母親への大切な仕送り、そして結婚資金である。
今日一日の売り上げを「渡してたまるか!」との強い思いに突き動かされての事である。
それに商売道具というより可愛い相棒の営業車両を差し出す事も、卓には出来なかった。
「どちらまで・・・」
「栃木だ」
「栃木のどちらでしょう」
「宇都宮だ」
「わかりました」
栃木なら東北自動車道を真っ直ぐ行けば良い・・・
車を静かにバックさせ、あぜ道でハンドルを切り、方向転換した卓の車は、東北自動車道へと向かった。