「いいお話じゃあないか・・・」
味噌汁を、すすりながら田中が呟く。
その日の昼・・・卓は遅い昼食を、田中とよく行く『青田食堂』で摂った。
「まさか、自分でもこういう展開になるとは思わなかったんですよ!」
「でも、もし結婚!ということになったら、どうすんだ・・・」
「どうするって?・・・仕事ですか!?」
「そう・・・」
「いや、自分はこの仕事、辞める気はないです」
「・・・でも、先方では一緒に農業だか、野菜の栽培だか・・・やってもらいたいんじゃあないのか・・・?」
「いえ、それはないと思います」
卓はきっぱりと言った。
「その辺の事も、少しずつ、お互いの認識を共通化させる必要がありそうだよ」
「はい・・・」
卓は、それはまだ先の事のような気がした。
食堂を出て車に乗り込んだ後も、暫く考え込んだ。
互いをもっと、深く理解し尊重し合えるところまで持って行く・・・
結婚を前提に目的意識をもって互いを高め合う・・・その結果、どうであろうとそれもまた、自然の流れとして受け止めようと考えている。
午後は、数件の無線を貰い、かなりの額になった。
こういう時「そろそろ上がるか・・・」と思う仲間もいるが、卓はしっかり時間を使う。
休憩も法定で謳われたとおりに守り、一点の曇りもない営業を心掛けている。
そんな真面目さを買われて、将来は「管理者としてやってみないか」と、運行管理部から声を掛けられたこともある。
しかし、今は、拘束なく、もっと走りたかった。
結婚となると、「もう少し、頑張らなきゃあ!」とも思う。
母親への月、5万の仕送りもやめたくはない・・・「もっと、走らなきゃあな・・・」
無線ばかりに頼っていたのでは、目標は達成できない。
「とにかく走れ!」田中からも、そう言われて来た。
やみくもに走っても意味はない・・・手を挙げてくれそうなエリアを、数回まわり、終電までの間、無線と上手く組み合わせると、なんとか目標額を達成させることが、出来るようになった。
「これが天職!」
卓はそう思う。
無線室からのウケもイイ。
「ねえ!77の川浦さんて、イイよね・・・」
「何処へでも行ってくれる人」と言えば「77の川浦さん!」と言う返事が、オペレーター達から、真っ先に帰ってくるようになった。
川浦は穏やかで深い・・・管理者の中でも、「あいつを管理者に育てなきゃあ、当社のソン!」と考えている者たちも多い。
卓はつくづく「自分に合っている職場」だと思う。
おいそれと「結婚しました・・・転職します」では通じないこと位、百も承知である。
20代の後半で、イヤな上司から逃れる為、転職をしたが、ここに辿りつくまで、かなり苦い思いもした。
「世間はそんなに甘くない」ことは身に染みている卓であった。