ほどなく翔太の祖父の家に着き、母親は支払いを済ますと、何度も礼を述べた。
卓は直ぐにトランクを開け、中にあったバッグ二つを取り出した。
「玄関まで、お持ちします」母親に告げると、卓は二人の後に付いて、玄関から数段ある石段を上った。
建物は旧いが、立派な構えである。
「じいちゃん!来たよ!」翔太は玄関ドアにも付いている、インターホンのチャイムを何度も鳴らした。
しかし、中からの応答はない。
母親が取っ手に手を掛けると、ドアーが、静かに開いた。
「エッ?・・・何故!?」
母親と翔太は部屋の中へと、駆け込んだ。
「おとうさん!」
「おじいちゃん!」
二人の声が何度か聞こえたが、暫くして母親が血相を変えて玄関にいる卓に駆け寄ってきた。
「父が・・・いないんです」
「いない?・・・いらっしゃらないんですか?」
「実は2年前、父がこの玄関の石段で、捻挫をしてしまって、治療していたんですが、
その頃から物忘れが激しくて、病院で検査して頂いたら認知症が始まっていると言われてたんです。」
「認知症?」
「ええ・・・一人で暮らして行く分には、本人もまだまだ大丈夫だと言うし・・・妹夫婦も時々来てくれていたんで・・・」
「お母さん・・・中はどうなってます?」
「台所に食べかけのお弁当がありました」
「お弁当・・・」
「はい・・・近くに老人向けのお弁当を届けてくれる業者さんがいるので・・・」
「そのお弁当・・・まだ、温かかったですか?」
卓が聞くと「アッ!そうですね・・・」と母親はもう一度、足早に台所に向かった。
「お味噌汁が、まだ温かかった・・・」
母親の声に卓が告げた。
「探しましょう・・・もしかすると、いまなら警察に届けるより、僕らが捜した方が、速いかも知れません」
「そうですね・・・そう遠くへは行っていないと思いますし・・・でも、お仕事が・・・」
「いえ、これも仕事だと思えばイインです」
卓の言葉に母親は「すみません」と何度もお辞儀をした。
母親が鍵を掛けている間、卓は翔太から「お爺ちゃん、どんな人?・・・背の高さは・・・」と、祖父の年恰好を聞き出した。
年齢は80歳前、中肉中背で白髪、いつも黒縁のめがねをかけていて、出掛ける時はステッキを持っている。
「私、翔太と一緒にコンビニと、本屋さんの方を探します」
「じゃあ、僕はこっちを回って見ます」
卓はそういって、彼らとは反対方向へと走り出した。